感想
国内ミステリ三冊。『禁じられたジュリエット』の感想については核心的なネタバラシを避けるものの、相当内容に踏みこんでいるので未読の方はご注意を。 北山猛邦『天の川の舟乗り:名探偵音野順の事件簿』(創元推理文庫) 横溝正史『八つ墓村』(角川文庫…
S・S・ヴァン・ダイン『僧正殺人事件』(創元推理文庫) エドガー・アラン・ポー『ポー傑作選1 黒猫』(角川文庫) ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』(東京創元社) S・S・ヴァン・ダイン『僧正殺人事件』(創元推理文庫) 「そんなはずはない」ヴァン…
有栖川有栖『長い廊下がある家』『妃は船を沈める』(光文社文庫) カルロ・ギンズブルグ『糸と痕跡』(みすず書房) 有栖川有栖『長い廊下がある家』『妃は船を沈める』(光文社文庫) 「いい心掛けだ。力余って尻餅を搗くようなスイングは見ていて気持ちが…
J・D・サリンジャー『ナイン・ストーリーズ』(柴田元幸訳,河出書房新社) ケヴィン・リンチ『時間の中の都市』(東京大学大谷幸夫研究室訳,鹿島出版会) ティム・インゴルド『応答、しつづけよ。』(奥野克巳訳,亜紀書房) J・D・サリンジャー『ナイン・…
大変な年明けになった。地震、事故、火災。至るところで人びとが、理不尽によって傷つき、命を落としている。世界が音を立てて壊れてゆくような気がする。もうとっくに腐り始めているのかもしれないが。 私生活においても、熱が出るわ、肺に穴が開くわ、身体…
アラン・コルバン『記録されなかった男の歴史:ある木靴職人の世界1798‐1876』 イタロ・カルヴィーノ『見えない都市』 ホルヘ・ルイス・ボルヘス『シェイクスピアの記憶』 アンソニー・ドーア『すべての見えない光』 アラン・コルバン『記録されなかった男の…
最近はやたらに読んでやたらに書いている。そのせいでスケッチが疎かになってしまっているけれど、書くことも読むことも線を引くことも、同じ線上に置かれるならば、それも当たり前なのかもしれない。 北村薫『遠い唇:北村薫自選日常の謎作品集』 アドルフ…
卒業研究の進捗が芳しくない。それはそれとして本は読む。 スーザン・ソンタグ『他者の苦痛へのまなざし』 写真は繰り返し立ち現れる。写真は単純化する。写真は扇動する。写真はコンセンサスという幻覚を創り出す。 藤原辰史先生の《現代史概論》に潜ってい…
読書日記なのでさらっと書くつもりだったが、どれも本当に良い本だったのでじっくり書いてしまった。 結城正美『文学は地球を想像する:エコクリティシズムの挑戦』 石岡丈昇『タイミングの社会学:ディテールを書くエスノグラフィー』 本田晃子『革命と住宅…
ガザでおこなわれているあらゆる暴力行為、ひいては虐殺に反対する。 山田風太郎『太陽黒点』 クリストファー・アレグザンダー『まちづくりの新しい理論』 山田風太郎『太陽黒点』 「誰カガ罰セラレネバナラヌ、誰カガ罰セラレネバナラヌ、誰カガ罰セラレネ…
新刊と、いまさら読んだタイトルをひとつずつ。前者はミステリ研のDiscordに投稿したものを再録した。後者はいまここで書いているもので、作品の核心と思われる箇所に踏みこむ。未読ならば注意されたい。 小川哲『君が手にするはずだった黄金について』 京極…
この一ヶ月くらい、『蒼鴉城』原稿と『苦海浄土』にかかりきりであまり本を読めていなかったが、一ヶ月ほどまえの感想を放置するのもどうかと思うので更新する。『蒼鴉城』に書いた作品のほうは現在朱入れ校正中で、来月にはお目にかけられると思います。久…
大事な試験を間近に控えてどきどきしてきたので気を紛らわすためにブログを更新する。マストドンで投稿したものを再録したので基本的に短い。読書メーターのヘビーユーザーだった高校生の頃を思い出す。院試前にしては小説を読みすぎている、と云うあなたの…
「仕方がありません。それが、私とあの子が払う代償というものでしょう」 ストイックな短篇集だ。定規やコンパスで作図された幾何学模様を思わせる。謎があって、解決がある。その抽象的な運動のために、ぎこちないほどに淡々とした文章と、警察小説の体裁が…
行き先の定まったプロセスであるという目的論的な見解に代えて、行き先が絶えず更新されていく宙に投げ出された流転として、生きることの可能性を新たに捉えなおすことはできないだろうか。生きることの核心部分は始点や終点にはなく、生きることは出発地と…
0. ミステリ・フロンティアで刊行された直後に読んで以来だから8年ぶりの再読になる。そのあいだずっと好きな小説ではあったが、しかしオールタイムベストとして挙げるには自分のなかに呑み込めていない感がずっとあった。一度すれ違っただけのあのひと、同…
いずれその痛みを目の先一メートルの箱の中に入ったもののように見るときが来るのだろう、どこかのショウウィンドウごしに、蓋の開いた箱の中に入ったものを見るように見るときが。それは金属の塊のように冷たく硬い。君はそれを見て、そして言う、よし、こ…
「もしも死が音だとしたら?」「電子的な雑音だな」「ずっと聞こえ続けるの。そこら中で音がする。なんて恐ろしいの」「恒常的で、白い」 死とは、少なくとも現代において、物語の結末のように訪れる決定的な一点ではなく、終わりのないかたちでだらだらとそ…
「二十世紀の探偵小説の被害者は、第一次大戦で山をなした無名の死者とは、対極的な死を死ぬように設定されている。ようするに、彼は二重に選ばれた死者、特権的な死者なんです。精緻なトリックを考案して殺人計画を遂行する虚構の犯人と、完璧な論理を武器…
中世的でありながら未来的なパレードは、催眠薬のようだった。そのメッセージは誤解のしようがなかった――テントの外に存在するものは、ここでは価値を持たない。人生について、人間の性質について、そして物理の法則について学んできたことは、すべて忘れる…
手すり際に立ち、フィヨルドの壁が通り過ぎていくのを眺めながら、私はフリーマンの言ったことを考えていた。もしダイソンの性癖がふたたび一世代飛び越えて出てきたらどうだろう? 宇宙船は、誰かこの森のなかで育った者によってつくられることになるのかも…
森の中で何かが呼んだ。それは鳥の声でも、私が聞き覚えのある獣の声でもなかった。その声は闇を貫き、大きな川の音をものともせず響き渡った。苦痛なのか喜びなのか、何かを悲しんでいるのか祝っているのか、わからなかった。ロビンはぎくりとして私の腕を…
僕はあまり、そうは思わない。誰でも少しずつ嘘をつくのだから、ひとしずくでも嘘が混じればすべてが嘘と考えていたら、この世のすべては嘘になる。そんなことは松倉だって……いや、松倉の方が僕よりもよくわかっているはずなのだから、結局僕たちは、同じも…
「モーリス、モーリス、どうか希望を捨てないで」 ――グレアム・グリーン『ヒューマン・ファクター』(ハヤカワ文庫epi) これはフィクションだ。そのつもりで。 昔の話だ。まだきみが科学少年の、ついに孵化することのない卵でしかなかった頃、家族とどこか…
地図も磁石も持たない旅では、人に訊くより仕方がない。そして、それを信じるしかない。 沢木耕太郎はもう無名ではない。彼は防衛大学校の前で体当たりの取材を繰り返す何者でもない男ではないし、身体ひとつでユーラシアを横断する無鉄砲な若者でもない*1。…
これも夫が言った通り、子供ではなく母親の視点で書いた。自分自身からは離れるように書いていったが、離れようとすればするほど、近づいてくるものがあるようだった。どのみち完成しないのだからと妙に思い切りがよくなって、自分のことを書こうと思うと、…
1972年2月26日、アパラチアの山中バッファロー・クリークで発生した大規模な洪水は125名の人命を奪い、流域の家々を、そこに生きる人びとの暮らしを押し流した。そこでなにが失われたのか。本書は被災者たちが負った心の傷を調査し、社会学的に論じた研究書…
ミステリーズ新人賞に送るための短篇小説の構想が、いつまで経ってもまとまらない。早いうちに目処を立てて、鮎川哲也賞に送る長篇に取りかかりたいのだけれど。 有栖川有栖の中短篇集を読んで、〝名探偵〟が登場して腰を据えた捜査をする作品は短くとも中篇…
ミステリ研にいたこの4年間、ミステリを相対化するばかりで、〝本格ミステリ〟なるものと四つに組むことを避けてきたように思う。 大山誠一郎『記憶の中の誘拐 赤い博物館』(文春文庫) 麻耶雄嵩『螢』(幻冬舎文庫) 綾辻行人『霧越邸殺人事件〈完全改訂版…
たぶん今年最後の読書日記。年間ベスト記事を年内に書けるだろうか。 ジョン・ディクスン・カー『四つの凶器』(創元推理文庫) 滝口悠生『死んでいない者』(文春文庫) 小森収・編『短編ミステリの二百年〈6〉』(創元推理文庫) ジョン・ディクスン・カ…