宿題を取りに行けたかどうかは知りませんが、去年掲げた目標は、読む・書くについては概ね達成できたように思います*1*2。
それでは、2020年もがんばっていきましょう。
1.勉学など
転学部するつもりで生きていましたが、転学部しないことになったので、慌てて専門の勉強をやっています。勉強すればするほどおのれの勉強不足と他者に何周も差を付けられている恐怖とでお腹が痛くなります。が、やっていくしかないので、やっていきます。
それはそれとして、自分に教養がないことをいまさらながら実感したので、興味の湧いたことについては気軽に本を読んだり勉強したり、インプットを増やしたい。それは自ずから、書くものにも繋がってゆくでしょう。
おのれの不勉強・無教養と向き合わされ、昨年の後半は精神的に低迷していたように思います。思い出すこともつらいですが、7月の悲劇も大きく影響しているでしょう。わたしはなぜ生きているのか、わたしはなぜ物語を読むのか、わたしはなぜ何かを書いているのか、その根本から見つめ直さなければならない、そんな気持ちで鬱々としていた気がします。加えて、大学入学以来自分の唯一の居場所だった推理小説研究会に対し、疑問を抱いていました。頻繁に嘆き、頻繁に怒り、周囲に多大な迷惑と心配をかけてしまいました。この場でお詫び申し上げます。
さて、そう云うわけで、2019年は内省と懐疑に支配された、不安定な一年でした。それを克服するために、2020年は、わたしと云う人間を解体し、組み立て直す一年にしようと思っています。そのための勉強です。
2.読むことなど
昨年やり残した宿題として、ジーン・ウルフの再読があります。ただわたしが怠惰であるならまだしも、うだうだとしている内に、ウルフは旅立ってしまいました。追悼の意を込めて未訳短篇の翻訳をサークル内に発表しましたが、まだできることはあるはずです。
また、昨年は小説に集中していましたが、今年はノンフィクションや学術書も積極的に読んでいくつもりです。とりわけ昨年後半は、ジャーナリズムの意味や功罪について折に触れて考えていました。現実をどうやって記述するのかと云う視点も持って、ノンフィクションとは向き合っていきたい。まずは沢木耕太郎あたりから始めましょうか。
洋書も読みたい。
最近、何を読むのかと云う以前に、まず量を読んでいなければ話にならないと考えるようになりました。先達の累積を何ら参照せずに、自分のセンスだけを恃んで生きてゆくのは浅はかな真似です。そしてこのセンスも、結局は読書量によって生み出されるものでしょう。もちろん、ただ雑に読んでいては中高時代の繰り返しですから、丁寧な読みも必要なのですが。
とりあえずは目指せ、年間300冊。
3.書くことなど
長篇小説を書きます。上半期と下半期でそれぞれ1作ずつ、2作を目標とします。
昨年短篇をやっと3作書けた人間が大きな目標を掲げたものだと自分でも思いますが、どうやらわたしは、書くと宣言することでようやく書ける人間らしいのです。なのでどうせなら、もう少し具体的に話すことで、自分で自分を追い詰めてみましょう。
- ベトナム戦争と少女とカメラの話(長篇)
- 鳥の群と子供たちとアメリカの話(長篇)
- 上海租界と記憶の中の殺人の話(中篇)
- 台湾と移民と家族の話(中篇)
- 闘争の季節の話(中篇)
- 少女と少年と空の青の話(中篇)
- 倒叙ミステリ(中篇)
- 恐竜の化石と難聴の教授の話(短篇、犯人当て)
- 犬走椛を主役にした捕物帖(連作短篇、東方二次創作)
- 赤蛮奇を主役にした捕物帖(連作短篇、東方二次創作)
実を云うと、長篇以外の多くはこれを書いているいま、急遽決めたものです。とは云え、書けたら書く、ではいつまでも書かないでしょうし、人生は有限ですから、積極的に書こうとしてゆきたいですね。
評論も書きたいですが、これについては絶望的に読書量が足りません。もっと精進します。
……いざ書いてみるとめちゃくちゃ恥ずかしいことをしている気がしてきたぞ。さっさと切り上げましょう。
それでは今年もよろしくお願いいたします。
森博嗣の自伝的小説。こんな大学生活になると思っていました。