鷲はいまどこを飛ぶか

多くの場合は、小説について。

日記:2020/04/21

 昨夜は2時頃まで通話していて、それ自体は非常に楽しかったのだけれど、やはり夜更かしは健康に良くない、寝付きが安定せず、9時に無理矢理起きたが日中ずっと眠気に襲われ、昼寝と呼べる行為を2回もした。寝ていたのは合計8時間程度でいつもとそう変わらないものの、一日の半分を寝て過ごしたような気がする。起きていた時間も半分くらい寝ていたようなものではある。

 

 そんなわけで書くことが特にない。先ほど、スマホtwitterアプリを消去したくらいか。スマートフォンは人間の感情に容易く接続できすぎる、と云うのはひとから指摘されるまでもなくなんとなく感じてはいて、日々信じられない速度で変化する世界で「いま・ここ」を測るための、これはひとつの実験だ。

 それから、まあこれがより大きな理由なのだが、文体がtwitterに引きずられるのが急に怖くなった。以前の文章のカン、言葉が次の言葉を連れてくる感覚、そんなものがあるのかも知らないが、文章の力学とでも云えそうなそれがまったくわからなくなった。わからなくなったのだと気付いたのが、本当に、怖かった。

 

 本はちまちま読んではいるが読み終えられない。いま読んでいるのは、ロベルト・ボラーニョ『アメリカ大陸のナチ文学』、ジェイムズ・グリック『インフォメーション――情報技術の人類史』、そしてアンソロジーの『Sudden Fiction 2』、どれも50頁~100頁あたりまで。ボラーニョは明日あたりに読み終えられそう。