強いて書くべきこともない。それなりに愉快な家族の話があり、それなりに不愉快なニュースを見て、ZOOMで講義を受ける日々だ。ぼくは実家の居心地を良く感じられる人間なので*1、大学図書館が利用できないこと、大型書店が遠いことさえ気にしなければ、いくらでも実家にいられる気がしてきた。
が、もうすぐ下宿に戻るだろう。バイトもあるし、京都も少しばかり恋しい。
それにしても、実家に《帰る》のだろうか。下宿に《帰る》のだろうか。
緊急事態宣言の解除がテレビでも盛んに語られるようになり、一時期の絶望的な状況からは抜け出したかのような空気だ。医療現場の現状をぼくは知らないし、このパンデミックが収束したわけではない。まだまだ対策は必要だろう。遅かれ早かれ、第二波もやって来る。
お上の云う《気の緩み》と云う言葉が癪に障る。緩めたのは、全国的な宣言を解除したあなたたちではないのか。国民の気を引き締め、あるいは緩ませる、その程度は自信と責任をもってやってほしい。第二波がやって来たとき、ぼくたちの《気の緩み》とやらを責める準備を進めているようにしか見えない。
世界的に、様々な制限が緩みつつある。この状況が何年も続くのだ、と語られていた頃がもはや懐かしくなってきた。やはり世界は、人間は、あの緊張に満ちた時期に長く耐えることはできなかったらしい。これが一ヶ月後どうなっているのか――かなり切実に問いかけていた一ヶ月前とは異なって、いまは幾らか気楽にそう考えることができる。
パンデミックは収束していない。噴出した無数の問題に解決策が打たれたとは思えない。感染者数が減りつつある現状は、嵐の前の静けさのように思えてしまう。だのに一時期よりも胸が軽いことに、ぼくもまた、このふてぶてしく脆弱な《人間たち》のひとりであることを実感する。
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— Washoe1.9 (@archipelago1999) 2020年5月19日
ゼロ年代末からテン年代の作品を収める。このアンソロジーを読んだ得た最大の収穫は、怪奇幻想小説もまた時代とともに変化を遂げてきたのだと知れたこと。世紀末の時代、新世紀の時代、ウェブの時代、災後の時代、失われた時代。
— Washoe1.9 (@archipelago1999) 2020年5月19日
物心ついたとき心霊番組は当たり前に放送されていたし、インターネットを介して《実話》系の怪談に触れることも少なくなかったけれど、それらと怪奇幻想小説を自分の中で紐付けられていなかった。けれどもちろん両者とも、《怖いもの》を語ってきたのだ。認識を更新された、良いアンソロジーだった。
— Washoe1.9 (@archipelago1999) 2020年5月19日
個々の作品に眼を向けると、背筋も凍るぞっとする話だけでなく、霊的なものを語ることで死――大切なひとの喪失としての死であったり、自分にも訪れる終わりとしての死であったり――と向き合う話も少なくない。両方をさらりとこなした小野不由美「雨の鈴」のような例もある。
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「雨の鈴」、たぶんゲームかパズルに着想を得たんじゃないかと思われる、幽霊を縛るルールはちょっと笑ってしまうのだけれど、そのルールに則って幽霊を退けるなど、いわゆる《特殊設定ミステリ》の趣も呈しつつ、恐ろしくも哀しい幽霊の姿を――正体をろくに掘り下げずに!――強く印象付ける。業物だ。
— Washoe1.9 (@archipelago1999) 2020年5月19日
ベストを選ぶなら舞城王太郎「横内さん」。《見てはいけない》系ホラーは自分にとって特に怖く感じるのだけれど、本作ではそこにどこか不器用で愚直な恋物語をぶち込んで、切ないラストへ持ってゆく。しかも一貫した文体で。恐怖と哀切と、後味に仄かに残る甘酸っぱさ。
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一見怪談実話のように語られ始めながら実話ではあり得ない方へすっ飛んでゆく破格も、少なくともこれに限っては(あとは同時収録の「山の小屋」でも)、枷が外れる気持ち良さがある。
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あと、やはり《幸せな未来》を夢想する話には弱い。時間としては静止しながら、眩い光のなかへ、実体のないただただ明るい未来へと語りが疾走してゆく切なさ。
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あくまでフィクションとして怪談実話を語るならばむしろこうするのが効果的、と示すかのような例が京極夏彦「成人」と黒史郎「海にまつわるもの」。前もどこかで云いましたが、自分はやはり良きホラー読者ではないので、こう云うメタな構造を持ったホラーをとりわけ面白がってしまう。
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平成怪談総括の特集に寄稿されたと云う澤村伊智「鬼のうみたりければ」は、特集自体は読めていないものの、平成の30年と云う時間とその側面を巧みに捉え、利用した作品。これでこのアンソロジーを〆るのは、嵌まりすぎていていっそずるい。
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3巻通して初めて読む作家が多く、読む範囲を広げることもできた。個々の作品の合う合わないは別として、おおむね満足。
— Washoe1.9 (@archipelago1999) 2020年5月19日
さて、もしこの記事を読んでいるあなたがミステリ好きなら、〈平成推理小説傑作集〉全3巻をどんなアンソロジーにするだろうか?
早川書房からは7月に伴名練=編〈日本SFの臨界点〉が刊行予定だと云う。最近は〈10年代SF傑作選〉全2巻が出たばかりだ。筑摩書房からはアンソロジーシリーズ〈現代マンガ選集〉が刊行開始された。
総括的な傑作選を編む機運が高まっている。ミステリが乗っかっていけない理由はないはずだ。
*1:ぼくの周囲だけでも実家にいることに苦痛を覚えるひとがいる。それを不幸だと断じる真似はしたくないけれど、いざとなれば帰れる、頼れる場所がある自分は幸いなのだろう