鷲はいまどこを飛ぶか

多くの場合は、小説について。

読書日記:2021/04/25

 真藤順丈『われらの世紀』を読んだ。以下、雑感。ミステリ研のdiscordサーバーに投稿した感想を転載した。

  • 出版社一押しなのであろう「一九三九年の帝国ホテル」と「レディ・フォックス」は、主題もストーリーも、『宝島』級の長さが必要な作品だった。話運びが性急すぎて、どちらも大長篇の総集篇に見える。長篇から枝葉を削ぎ落として短篇に仕立て直したところで、幹がのこるわけではない。
  • とは云えその二篇への不満も、これぞと云う素材・主題を生かし切れていない勿体なさから来るものなので、総じての感想はマイナスどころかプラスだった。長篇版『一九三四年の帝国ホテル』『レディ・フォックス』を期待しています。
  • 強く推したいのは「笑いの世紀」と「ダンデライオン&タイガーリリー」、どちらも《笑い》を主題とした二作だ。「終末芸人」はこの二作に較べるとやや落ちるかなと思うものの、笑いがもたらす破壊と云う点で二作への補助線になっている。そう、笑いとは本来、破壊的なものだ。権力へ抗い、時代を撃ち、代償として、人間もまた壊していく。
  • 日中戦争の頃に兵士への慰安として戦地を回っていた芸人集団《わらわし隊》。これに参加し、ひときわ強い印象を残しながら、帰国後は姿を眩ました謎の芸人の行方を追う「笑いの世紀」は、ミステリとしての構造がスケールの大きな物語と巧く折りたたんで、ひとりの芸人の挫折と再生の物語へ落とし込んでいる。結末でやや語りすぎている感はあるものの、加藤元浩「巡礼」をオールタイムベストに戴いているぼくとしては、つい高く評価したくなる作品だ。ひとりの人間をめぐる謎は、背景に凄絶で壮大な世界を浮かび上がらせながら、ある《巡礼》へとたどり着く。
  • 「笑いの世紀」では、権力や時代に抗するものとして、どちらかと云うと肯定的に《笑い》を描いていたが、「ダンデライオン&タイガーリリー」では容赦なく《笑い》が人間を破壊していく様を描いている。だからこのふたつはセットなのだ。劇場支配人である《あなた》の視点から二人称で語られる、《笑い》に囚われ壊れてしまう人間たちの二世代紀。ここには救いも癒しもない。そして誰もいなくなるまで、哄笑だけが響き続ける。

 

われらの世紀 真藤順丈作品集

われらの世紀 真藤順丈作品集

  • 作者:真藤 順丈
  • 発売日: 2021/04/21
  • メディア: 単行本