鷲はいまどこを飛ぶか

多くの場合は、小説について。

文体の舵を取れ:練習問題①文はうきうきと

問1:一段落〜一ページで、声に出して読むための語り(ナラティヴ)の文を書いてみよう。その際、オノマトペ、頭韻、繰り返し表現、リズムの効果、造語や自作の名称、方言など、ひびきとして効果があるものは何でも好きに使っていい――ただし脚韻や韻律は使用不可。

 

 もうだいぶ昔のことやから細かいことなんて忘れてもうたけど、ある年の正月に、兄貴に初詣、連れてってもろうて、ふたりで近所の神社まで歩いてったことがあった。夜中に。大晦日の夜に出て、神社で正月を迎えるゆうて。ぼくは小学生くらいで兄貴は高校生。家の向かいが交番やったけど、職務質問なんてこれっぽっちも心配してへんかった。朝は毎日とおってる近所も、真夜中になるとぜんぜん景色が変わって見えて、おもしろうていろいろ喋ってたら兄貴に黙らされた。近所迷惑ってのもよくわかってへんかった。夜でも灯のついてた店もその時間には閉まってて、街灯だけがぽつ、ぽつ、ぽつ。ぼくら以外、誰もおらへん。寒い夜やった。当然やな。兄貴は洒落たトレンチコートきて、ぼくはぶかぶかのジャンパーを着けとった。大晦日やったけど、兄貴とは別に正月の話をしたわけとちゃう。道すがら話しとったんは、笑ってはいけないがおもろかったなとか、中学になったらぼくはどうするんやとか。兄貴はそんとき、高校に通ってへんくて、ぼくからは兄貴にこれからどうすんのかきかれへんかった。兄貴がいまどうなってんのかもよう知らんかった。部活でいじめられたとかどうとか、おとんとおかんはその頃よお兄貴を呼びつけて話してたけど、ぼくはようわからんかった。初詣に誘ったんは、兄貴の方からや。兄貴からぼくになんやしようやいうのは久しぶりやった。やから、もうそれだけでええん。大通りに出るといきなり街はあかるなって、それでもほとんどの店は閉まっとったし、車もぐんと減っとったから、いつもの街とちゃうなって思ったのはむしろそっからやな。大通りを南に下りると、急にひとの気配が増えて、そこが神社やった。境内の外にも参拝客がずーっと並んで、出店もようけ出とったわ。近所迷惑とちゃうんかいなって兄貴はちょっと眉顰めて。ふたりで並んだ。兄貴の携帯で、日付が変わるのを確かめた。初めてや。初めて、十二時を過ぎるのを見たかもしれん。別にみんなクラッカー鳴らすわけやなく、順番に前から参拝して、おみくじこうたりし始めた。お祭りって雰囲気とちゃうかったな。おみくじは引いたはずやけど結果は憶えてへん。ベビーカステラこうて、帰った。二個ぶんおまけしてもろて、ふたりで囓って帰った。どんな味やったかな。兄貴はどんな顔しとったやろ。もう、思い出されへん。

 

メモ
  • オーラルヒストリーのような比較的静かな語りをイメージしていたが、関西弁にあまり馴染みのない方には微妙な音の高低やアクセントを聴き取ってもらうのは難しかったようだ。
  • 意図的な技巧として指摘された箇所の8割くらいが何も考えないで書いていた箇所で、無自覚にやっていたテクニックが言語化されたようで楽しく、勉強になった。