鷲はいまどこを飛ぶか

多くの場合は、小説について。

文体の舵を取れ:練習問題③長短どちらも

 問一:一段落(二〇〇〜三〇〇文字)の語りを、十五字前後の文を並べて執筆すること。不完全な断片文(間投詞や体言止め)は使用不可。各文には主語(主部)と述語(述部)が必須。
 問二:半〜一ページの語りを、七〇〇文字に達するまで一文で執筆すること。

提出作品:問一

 手紙を拾おうとしてボブが屈んだ。アリスは火かき棒を握った。火かき棒は錆びていて重かった。アリスは火かき棒を引き摺った。絨毯の上で足音は鳴らなかった。ボブは屈んだまま手紙を読んでいた。アリスはボブの背後に立った。ボブは手紙を一枚捲って続きを読んだ。ずっと白紙じゃないかとボブは云った。最後まで読んでみてとアリスは云った。ボブはまた手紙を一枚捲った。アリスは火かき棒を握りしめた。愛しているわボブ、とアリスは云った。ボブはまた手紙を一枚捲った。アリスは火かき棒を振り上げた。ボブはまた手紙を一枚捲った。最後の一枚は白紙ではなかった。愛しているわボブ、と書いてあった。アリスは火かき棒を振り下ろした。

 

提出作品:問二

 長く鋭いサイレンが鳴ったような気がして目を醒ましてもサイレンもアラームも鳴ってはおらず心電図がおとなしく拍を刻んでいるだけだ、閉めきったカーテンの向こうがぼんやりと明るい、躰の節々が凝り固まって痛みさえなく、腰の鈍い疼き、頭に靄をかける倦怠感、彼の手を握る右手の僅かな痺れ、ひとつひとつのばらばらな感覚が薄明のなかで組み上げられてようやく自分の躰が自分になる、顔を上げる、ひと晩中ベッドのわきに坐っていたらしい、坐ったまま眠っていたらしい、リノリウムの床をスリッパが擦る、パイプ椅子が短く軋む、右手を動かすと衣擦れの音、心電図が刻む緩やかな拍動、ベッドの上で彼はまだ生きている、彼はまだ呼吸している、心臓はまだ動いている、緩やかに動いている、表示される数字の上下は静かに、描画されるグラフの変動は小さく、いつ止まっても良いと云うようによろよろと鼓動している、自転車のことを思い出す、ペダルを漕がないまま自転車で走る、ペダルを漕げないまま自転車は進んでしまう、自転車は止まろうとしている、自転車はよろめいている、もうすぐ倒れるかも知れない、倒れる、彼が支える、危なかったなと彼が笑う、もう一度ペダルを漕いでみようと肩を叩く、きっと次はひとりで走れるよと背中を押す、その右手、彼のその右手を思い出す、右手は右手に握られている、細かな皺が増えている掌、太く丸く重たいままの指、油がこびりついた爪、その右手、右手を握らない右手、握っても握り返してくれない右手、ずっと握ったまま感覚も消え、手と手の境目もわからなくなっている、かすかな痙攣がある、筋肉の微動を感じる、心臓はまだ動いている、躰はまだ呼吸している、彼はまだ死んでいない、夜が明けようとしている。

 

メモ
  • 問一は、SVO揃った文章を15字で書こうとするとこうなるしかないのでは、と思いながら書いていた。合評会でほかのひとの作品を見るに、もっとやりようはあったらしい。
  • 問二は出題意図をすっかり忘れていて、長い文ではなく短い文を読点で繋ぐような書き方をしてしまった。一種の技巧として受け取ってもらえたのは怪我の功名か。
  • 「生きるか死ぬかの不安定な状態と句点で接続される文章とが呼応しているんですね」「そうです(へ~そうなんだ~)」