鷲はいまどこを飛ぶか

多くの場合は、小説について。

文体の舵を取れ:練習問題④重ねて重ねて重ねまくる

問一:語句の反復使用
 一段落(三〇〇文字)の語りを執筆し、そのうちで名詞や動詞または形容詞を、少なくとも三回繰り返すこと(ただし目立つ語に限定し、助詞などの目立たない語は不可)。(これは講座中の執筆に適した練習問題だ。声に出して読む前に、繰り返しの言葉を口にしないように。耳で聞いて、みんなにわかるかな?)

問二:構成上の反復
 語りを短く(七〇〇~二〇〇〇文字)執筆するが、そこではまず何か発言や行為があってから、そのあとそのエコーや繰り返しとして何らかの発言や行為を(おおむね別の文脈なり別の人なり別の規模で)出すこと。
 やりたいのなら物語として完結させてもいいし、語りの断片でもいい。

提出作品:問一

 ブーク氏をゲイルと名付けたのは伯父だ。伯父は古書店を営んでいた。彼が白内障が悪化してからは、彼の指定する本、あるいは指定させてくれる本を朗読してやることが、ブーク氏十二歳の仕事だった。一日音読すると渡される硬貨はもっぱらアイスキャンデーに支払われた。『連合艦隊の宇宙戦士』を読んだとき、伯父はひどく退屈そうにしていたが、同じ硬貨が支払われた。硬貨は『連合艦隊の宇宙戦士』に支払われた。うちは高級な店なんだと伯父は云った。けれど翌る週には『土星の月の種族』が陳列された。一年も経つころには店先の棚は色とりどりの本が並ぶようになっていた。

提出作品:問二

 お兄さんが帰ってくるまで、きみは自分に兄がいることを知らない。よく晴れた春の午後、上がり框に腰掛けている薄汚れた服の男のことを、だからきみは怖いと思う。たまにお母さんが駅の方まで連れて行ってくれるとき、駅舎の柱にもたれかかったり風呂敷を広げたりしている男たちと同じ服だ。同じ服の同じ男たちが、きみは以前から怖くてたまらない。そう云うひとを前にするときと同じように、だからきみはお母さんの躰の陰に身を隠す。二本の脚の間から様子をうかがう。薄汚れた服の男はきみに笑いかける。お母さんは彼を拒絶することなく、それどころかきみを引き摺って前に出そうとする。きみは叫ぶ。お母さんがどなる。お兄ちゃんやよときみのつむじを小突く。
 そんなん嘘やときみは云う。
 嘘云いな!
 男が声を上げて笑う。四月馬鹿やな。そんなん嘘やな。そう、嘘でもええ。
 照れくさいだけや。
 知らんもんは知らんもん。誰やの。
 きのうも云うたやない。お兄ちゃん帰ってくるよって。
 無理ないわ。おれが出てったとき、こおんなちいちゃかったもんな。男は右手のひとさし指と親指を近づけて輪っかをつくる。そんなん嘘やときみは云う。四月馬鹿やなとまた男は笑う。きみはその言葉を知らない。
 早よ帰って来たんやねえ。
 神戸で車持っとる友達と会うてな。無理云って乗せてもろうた。外に駐まってるやろう。
 車? きみは頭を出す。
 お? なんや、車、好きか?
 反射的に、きみは頷く。
 フォードやで、フォード。誇らしげに兄が云う。この辺やと珍しいやろう。
 この子はいつも外の車ばっかり見とるんよとお母さんが云う。排気もあんまり躰に良くないんやけどねと溜息をつく、きみの頭を撫でる。それこそがきみが頷く理由だ。もし頷かなければ、窓さえ閉められるときみは知っている。
 だからきみは、車が好きなふりをする。
 外国の車だ。シートは革が張られて高級に見える。お兄さんの友だちは外で煙草を吸っている。お母さんが眉を顰める。お兄さんはきみを運転席に乗せる。腕をいっぱいに伸ばしても、きみにはハンドルに手が届かない。それぞれの計器がそれぞれの数字を示している。お兄さんはお母さんと喋っている。お兄さんの友だちも混じって、三人は玄関で話し込む。きみがミラーを覗き込んだとき、お母さんたちが家に入るところだ。待ってときみは声を上げる。ドアに身を乗り出す。硬いものが足に当たって落ちる。潜り込むと、シートの下からきみは本を取り上げる。
 日本語で書かれた本だ。厚くて硬い板が切れるように鋭い紙を挟んでいる。芥子色に塗られた表紙には車がたくさん描かれてある。
 車、好きか?
 そんなん嘘やと君はつぶやく。シートに凭れると服がこすれて小気味良い音をたてる。本を腿の上に載せ、きみは最初から読まないで、好きなところのページを開く。

 

コメント
  • 書いている途中の、あるいは没にした原稿を使い回した。ゼロから書くには厳しい課題。
  • 切り詰めたせいでわかりにくい箇所がちらほら
  • 繰り返す効果のよくわからない箇所がちらほら