鷲はいまどこを飛ぶか

多くの場合は、小説について。

文体の舵を取れ:練習問題⑦視点(POV)問四

400〜700文字の短い語りになりそうな状況を思い描くこと。なんでも好きなものでいいが、〈複数の人間が何かをしている〉ことが必要だ(複数というのは三人以上であり、四人以上だと便利である)。
 出来事は必ずしも大事でなくてよい(別にそうしてもかまわない)。
 ただし、スーパーマーケットでカートがぶつかるだけにしても、机を囲んで家族の役割分担について口げんかが起こるにしても、ささいな街なかのアクシデントにしても、なにかしらが起こる【三文字傍点】必要がある。
 今回のPOV用練習問題では、会話文をほとんど(あるいはまったく)使わないようにすること。登場人物が話していると、その会話でPOVが裏に隠れてしまい、練習問題のねらいである声の掘り下げができなくなってしまう。
問四:潜入型の作者
 潜入型の作者のPOVを用いて、同じ物語か新しい物語を綴ること。
 問四では、全体を二〜三ページ(2000文字ほど)に引き延ばせるものを見つけ、そのあとを続けないといけなくなる場合もあるだろう。文脈を作って、引きのばせるものを見つけ、そのあとを続けないといけなくなる場合もあるだろう。遠隔型の作者は最小限の量に抑えてられても、潜入型の作者には、なかを動き回るだけの時間と空間がかなり必要になってくる。
 元の物語のままではその声に不向きである場合、感情面・道徳面でも入り込める語りたい物語を見つけることだ。事実に基づいた真実でなければならない、ということではない(事実なら、わざわざ自伝の様式から出た上で、仮構の様式である潜入型作者の声に入り込むことになってしまう)。また、自分の物語を用いて、くどくどと語れということでもない。真意としては、自分の惹かれるものについての物語であるべきだ、ということである。

 前回、前々回の続き。

washibane.hatenablog.com

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提出作品

 こんな繰り返しを想像してくれ。正方形と正方形が頂点をつなぎ合わせてグリッドをなし、秩序立てられた景色が果てしない。規則正しいその格子柄を目印にして、立方体が幾つも接着した多様な形状のピースを布の上に散りばめてゆく。――これは駅。これは広場。これは大学。置いてゆくうちに布がぴったりとついているテーブルの天板の微妙な凹凸がわかってくる。ないように思われた果てもテーブルの縁から滝のように垂れ落ちる切れ端として存在すると知れる。――これは部室棟。これはその西館。そうして段々、身近になって、彼らはそのなかにいるのだと想像してほしい。現実はどうであれ構わない。彼らにとっていまこの瞬間、部室の外なんてテーブルの上のウボンゴの並びと大差ない。問題は部室のなかだった。中心は、テーブルの上のウボンゴだった。
「三番」
 彼らのひとりの気怠げな声が部室に響いて埃っぽい大気に消える。
 室内は六畳あろうかと云う正方形。四方の壁はところどころに罅の走ったコンクリートの表面を剥き出しにして、天井近くに細長く取られた明かり窓から差し込む午後の陽が北側の壁一面に貼られたポスターと歴代会員の名簿と誰のものとも知れない署名の落書きを菱形にかたどっている。反対に明かり窓の真下の暗い陰で壁を埋めるのは古びて撓んで崩れかけた木製の書架だ。棚が本を収めているのか、本が棚を支えているのかわからない。最前に番号を唱えて手許の砂時計をひっくり返した彼女は名を桐島と云って、その本棚を背に坐っていた。彼女の眼前のテーブルで、ウボンゴは佳境を迎えている。
「三番」
 そう繰り返してピースを手に取った三人のウボンガーは桐島と合わせて四角いテーブルを取り囲み、桐島から見て左手が嘉山、そのまま時計回りに植野、嘉山と云う。各々のスタンスはまるで違った。谷中はピースをあらかじめ身につけた手順通りに組み合わせ――パターンなんだよ、パターン――反対に彼の正面、嘉山は闇雲にピースをぶつけ続ける。――こうか、あれか、そうか、そうだ! 分厚く光沢のないクロスの上で蠢く六つの手。着実ゆえに迅速な谷中と拙速ゆえに緩慢な嘉山に挟まれて、桐島の対面、植野はピースのかたちをひとつひとつ確かめるばかりで組む様子もなく、挙句にはピースから手を離す。
「ねえ、植野ってば大丈夫」
 たまらず桐島は声をかける。それを聞いて谷中は胸を焦がす――先輩じゃなくてぼくを見てください、桐島さん。けれども谷中のウボンゴは完成しない。当然だ。彼はピースを取り間違えている。それに気づいて慌てはじめてももう遅い。植野は瞼を押し上げてピースを持ち上げ、解答を知っているかのように滑らかに、コの字の立体を組み上げた。
「ウボンゴ」
 喘ぎながら谷中は頭を掻く。黙々と組んでいた嘉山が彼の絶望も知らないまま彼を追い抜く。砂時計が無慈悲に時を刻む。滑り落ち続ける砂を陽が照らし、容器のプラスチックに反射する。ゲームは終わろうとしている。植野は対照的な両脇のふたりを見やって肩を竦める。桐島が植野に頬笑む。その頬笑みを植野は何度も見てきた。これまでも。おそらくはこれからも。そうしてゲームは繰り返される。植野の両の掌に包まれる、部室棟と似た立体の、そのなかの部屋の、そのなかのテーブルで。植野は思う。
 ――そんな繰り返しを想像してくれ。

コメント
  • 「ウボンガー」は存在する単語です、本当です。
  • 部室の描写が凝りすぎてよくわからない感じになっている。
  • 最初と最後の台詞が微妙に違っているのは意図してのことで、無限に階層が続く入れ子構造と解釈してもらっても良いし、神の視点と植野の視点が一致した一瞬と解釈してもらっても良い。そもそもうまく宙づりにできているだろうか。