鷲はいまどこを飛ぶか

多くの場合は、小説について。

文体の舵を取れ:練習問題⑨方向性や癖をつけて語る 問一、問二

問一:A&B

 この課題の目的は、物語を綴りながらふたりの登場人物を会話文だけで提示することだ。
 四百~千二百字、会話文だけで執筆すること。
 脚本のように執筆し、登場人物名としてAとBを用いること。ト書きは不要。登場人物を描写する地の文も要らない。AとBの発言以外は何もなし。その人物たちの素性や人となり、居場所、起きている出来事について読者のわかることは、その発言から得られるものだけだ。
 テーマ案が入り用なら、ふたりの人物をある種の危機的状況に置くといい。たった今ガソリン切れになった車、衝突寸前の宇宙船、心臓発作で治療が必要な老人が実の父だとたった今気づいた医者などなど……

問二:赤の他人になりきる

 四百~千二百字の語りで、少なくとも二名の人物と何かしらの活動や出来事が関わってくるシーンをひとつ執筆すること。
 視点人物はひとり、出来事の関係者となる人物で、使うのは一人称・三人称限定視点のどちらでも可。登場人物の思考と感覚をその人物自身の言葉で読者に伝えること。
 視点人物は(実在・架空問わず)、自分の好みでない人物、意見の異なる人物、嫌悪する人物、自分とまったく異なる感覚の人物のいずれかであること。
 状況は、隣人同士の口論、親戚の訪問、セルフレジで挙動不審な人物など――視点人物がその人らしい行動やその人らしい考えをしているのがわかるものであれば、何でもいい。

 前回は休みました。

提出作品:問一

A もう、出ましたか……
B え?
A もう、出ちゃいましたか。
B はあ……? ……ああ、はい、行ったようですね。
A 参ったな……。次は……、一時間後! これだから、田舎は……
B ……この町は、初めてですか。
A うん……? ええ、初めてです。ああ……、申し訳ない。お住みの方でしたか。悪く云うつもりは……
B いいです、いいです。本当に、田舎なんだから……。本数は年々減るばかりですよ。一時間待てば済むなら、あなたは運がいいほうだ。
A そのようですねえ……。昼間なら、二時間に一本だ。
B お仕事ですか。
A 中央から出張です。そこの……、役場まで。
B 中央。
A たいそうなもんじゃありません。長旅して帳簿をちょっと確認するだけの、使いぱしりですよ。歓迎もされません。
B ああ……、見送りもないらしい。
A 好かれる仕事じゃありませんね。ともすると……?
B はい?
A や、去り際に、引き留められましてね。あれがなかったら、汽車に間に合っていたと思うんです。嫌がらせかな……
B そんなに、悪意あるひとじゃありませんよ。
A ご存知で?
B ……田舎ですから。
A 若い方にはたまらんでしょうねえ。やることなすこと見られてるんだから……。窮屈でしょう?
B まあ……
A だから飛び出すわけだ。
B はあ?!
A わっ……、なんですか……
B そちらこそ……
A ……すみません。こう云うのは若いのから嫌われると、自分で云ったのにねえ……? そこにあるの、ほら、同じトランク。あれ、あなたのでしょう……
B ……ええ。
A だから、同じ……、長旅仲間じゃないですか。わたしは村から帰るところ……、あなたは村から出るところ……、と云うわけだ。
B ……ええ。
A あんな遠くのベンチに置いてると、危ないですよ……
B 泥棒なんて、いませんよ……
A そうとも、限らないですよ。と云うのも、さっき、帳簿を調べましたら……、調べましたらね……?
B 何か……?
A いや、や、や……、あんまりひとに話すことじゃない……
B 聞かせてくださいよ。
A 待合室に入りましょう。ここは寒い……
B 金庫の勘定が合わなかったんでしょう。
A そんな身軽な恰好で、寒くありませんか。
B ひとり居なくなった帳簿係は、痩せぎすの若者だった……
A 寒くありませんか。
B どうして答えないのです……
A それはこっちの台詞です。そんな身軽な、ふらりと散歩するような恰好で。鞄だけ重そうで。……あなたはどこに行くんです。
B ……どこにも行けない。
A 間に合わなかったんですか。
B 間に合った。でも……、でも……
A 間に合ったなら……
B 勇気がないんだ。
A 犯罪をおかす度胸はあるじゃないですか。
B 何もかも嫌だった。爺しかいない役場も、ろくに汽車の停まらないこの駅も、何もかも……、でも、でも……
A ……村長がわたしを引き留めたのは、あなたを逃がしたかったからではないですか。
B 馬鹿な。あいつが……
A 間に合います。
B もう……
A まだ間に合います。あなたはまだ間に合うんだ。わたしも……、間に合って良かった。
B ……寒い。
A ええ。暖かいところへ帰りましょう。

提出作品:問二

 大丈夫だよと河越は振り向いて声をかける。何? びびってんの?
 びびってますよう。天埜の声は震えている。彼の右手に握られたペンライトは小刻みに揺れ、河越の足許の草花を照らす。獣道と云うには明らかにひとの手で拓かれたことがわかる、けれども同じくらい明らかにひとが使っていないとわかる山道だ。
 そりゃそうか。河越は思った。怖がっていないなら、肝試しにならない。しかし河越はすっかり怖じ気づいた後輩を焚きつけるため、置いていくぞと云って歩き出した。落ちた枝や歯を踏みしめるぱきぱきと云う小気味良い音が闇夜のなかで響く。獣や虫の声が聞こえないのはラッキーだ。動物に襲われたり虫に集られたりする方が、河越にとっては避けたいことだった。まだ夏は始まったばかりなのに、そんなことで怪我や病気になりたくはない。
 しばらくして、躊躇いがちの足音が、後ろからついてきた。やっぱりこいつは漢気がある。私有地って書いてありますよと真っ先に河越たちを止めた箕島や気持ち悪いとか云って断った羽良とは違う。ノリの悪いあいつらとは。いちばん最後まで河越に着いてくるのはいつだって天埜だ。大丈夫だよと河越は繰り返した。本当に幽霊が出るならさ、もっと有名になってるって。
 天埜は答えない。
 結構、道がきっついな。徐々に息が上がってくるのを感じて河越は呟く。その、神社? まで? どれくらいだっけ。
 あと少し、と今度は返答があった。
 あと少しです、な。
 また沈黙。
 暗闇に眼が慣れてきて、木々の枝や地形の微妙な起伏がわかるようになってくる。確かに道だったのだろう轍や、足場の岩が時折のぞく。会話が途絶えてつまらない。天埜ってさあ、と河越は切り出す。ミカちゃんとはどうなの? 不細工だけどいい子なんだっけ。絶対メンヘラなるからやめた方がいいよ、ああ云う暗い子。もっと綺麗な子紹介するって。
 返ってくるのは足音だけ。
 ま、ここ紹介してくれたの、あの子だけど。……お、あった。
 懐中電灯をあたり構わず振り回していると、枝葉の隙間に真っ白い人工物がちらりと見えた。小走りに近づくとかなり大きい。それは河越の背の高さほどもある祠だった。河越の後を足音も着いてくる。
 ……しょっぼ。
 そのときスマートフォンが鳴る。突然のベルに驚いたことを河越は声に出さないよう取り繕って応答した。もしもし? 着いた。あったよ。
 相手は箕島だ。ゴエさん、いい加減帰りましょうよ。
 だから着いたんだって。いまから降りる。
 もう、ゴエさんだけっすよ。置いてきますよー。
 ふざけんなよと笑いながら云ってから、……俺だけ?
 みんな下で待ってますから。
 天埜は?
 ゴエさんがとっくに置いてきちゃったんじゃないっすか。マノっちゃん、もう泣いて喚いて大変っすよ。
 ぱき、ぱき、と小気味良い音。
 河越は苛立って繰り返す。だから、天埜はって。
 は? 酔ってます?
 天埜!
 足音が近づいてくる。

コメント
  • 人生初戯曲&初ホラー
  • 問一は別役実を意識しました
  • 問二はホラーで制止を聞かずにずんずん分け入るやつがめちゃくちゃ嫌なので書きました。結局、嫌な人間の心理にまで入り込めているか、と云うと……
  • メンヘラ云々のくだりは過剰に露悪的になってしまった
  • かなり褒められたのでここ数日駄目になっていた心が慰められた