鷲はいまどこを飛ぶか

多くの場合は、小説について。

【書評再掲】絶望の連鎖を絶て:オキシタケヒコ『筺底のエルピス』

 祝、最終巻発売。せっかくなので以前『綴葉』に書いた書評を再掲します。



 古来より《鬼》と呼ばれてきた存在――《殺戮因果連鎖憑依体》。人に取り憑き、殺し合いを駆り立てるそれは、人類の絶滅を目的とする悪意の権化だ。かつて鬼に家族を殺された少女・いぬいかなえは、鬼退治専門の組織《門部かどべ》に引き取られ、今宵も街を駆る――。
 どうも。本年[=二〇二五年]四月号で『負けヒロインが多すぎる!』を語った綴葉ライトノベル部(部員一名)の水炊きです。第二弾として今回紹介するのは、オキシタケヒコ著/toi8絵『筺底のエルピス』(ガガガ文庫)。前回とはうってかわって凄絶な、伝奇小説です。

◆因果の物語/物語の因果

 本作は古来『桃太郎』より親しまれる鬼退治の物語だけれども、作中の《鬼》退治は一筋縄でいかない。なんとなれば、鬼は取り憑いていた人間が殺されても、今度は殺した人間へ取り憑くからだ。鬼殺しが、鬼になってしまう――このシステムに対処するための鍵は、《門部》本部の地下深くで遥か未来へと繫がったワームホールの存在である。その未来では、人類が絶滅している。鬼は人類絶滅を目論むゆえに、そこに送り込まれると目的を達成したと認識して消えてしまうのだ。しかし、おわかりだろうか。この鬼退治は矛盾を抱えている。未来で人類が絶滅している以上、鬼に対する人類の敗北は確定されているのだから
 鬼が辿る殺戮の因果。あるいは鬼退治の矛盾した因果。『エルピス』のテーマはずばり〝因果〟だ。そのストーリーにおいてもまた、さまざまな勢力、それぞれの思惑がぶつかり合いながら、ワームホールがを引き起こすタイムパラドックスも相俟って、因果関係が複雑に絡まる。この因果――またの名を、運命――に囚われ、導かれる人間たちの熱く逞しい足掻き。それが本作の魅力である。

◆絶望の果て、摑み取る希望

 あらかじめ敗北が決定されたような戦いに、それでもなお、と挑む叶たち。けれども最初に説明したあらすじは、この物語のほんの序の口なのだ。《白鬼》という最悪の鬼が叶の親友に取り憑いたことを皮切りに、本作は想像を絶するところまでゆく。それはわれわれ読者の想像が裏切られるということでもあるが、何より叶たちの想像が――未来への望みが――絶たれる、ということでもある。ゆえに、絶望。これより酷い状況なんてない、と思ったら、さらに底が抜ける。もうやめてくれと読んでいる心がつらくなる展開を容赦なく繰り出す作者こそ、あるいはいちばんの鬼かもしれない。
 とはいえ。小説は決して、叶たちをただ虐め抜いているわけではない。物語はむしろ、絶望のなかでかすかに残された望みを手繰り寄せるように進んでゆく――開かれたパンドラの箱、その底にある一縷の希望エルピスを摑むために。《世界は無慈悲で、運命は不条理で、死は恐ろしい》。それでも《終わりの瞬間まで――〝今〟は続く》。そして続いている限り、人は戦える。大切な人のために。たとえ未来が絶望に決定づけられようと、どこまでも尊いこの〝今〟を、継続するために。そのための強さ、人間の意志自体が、希望だ。
 シリーズは現在八巻まで刊行され、次巻で完結予定だという。追いつくには良い機会だ。各巻、ライトノベルとしては破格なほど質、量ともにハードだけれど、読む手はきっと止まらない。

初出:『綴葉 No.441 2025年10月号』京大生協綴葉編集委員会