鷲はいまどこを飛ぶか

多くの場合は、小説について。

往復書簡:2024/02/23

上雲楽さんへ(ところでこのお名前、苗字と名前の区別とかあるのでしょうか? 前回の手紙では字面でなんとなく「上雲さん」と呼んでしまいました。とりあえずここではフルネームでお呼びしますね、まどろっこしくてごめんなさい)

 お手紙、どうも。
 けれどもそのお返事の前に、藤井佯さんとの文通のことに触れさせてください。ぼくはおふたりそれぞれの手紙を通読しているわけではありませんし、読んだものについてその吟味ができているわけでもありませんが、それでも。ぼくには、藤井佯さんから上雲楽さんに宛てた最後の手紙のどこにも、怒りの表出を読むことはできませんでした。少なくとも、「急にブチ切れられた感じ」はしなかった。「つとむ会」ひいては「おたく」について率直な意見が述べられてはいるものの、これは文通相手への直接的な怒りとは違うものでしょう。文通をやめることが切り出されたのも、手紙に書かれている「これ以上続けてもなという感じありますし、なんか区切りが良い気もします」と云う理由以上のものを、ぼくには読み取ることができません。もちろんおふたりはこの二週間、文通としては破格のペースでやり取りされていて、ぼくには把握できない文脈があるのかも知れませんが、しかしそうだとしても、ここで提案されているのは文通を止めることそれ自体であって、上雲楽さんとのコミュニケーションの断絶ではないはずです。
 ぼくがこうして文通をしようと思い立ったきっかけであるティム・インゴルドは、文通(correspondence)が終わることがあるとすれば無視か怠惰によってであるとしていますが、これはものの喩えであって文通以外にも応答(correspondence)の仕方はたくさんあるのですし、さまざまな理由によってブログ上でのやり取りが終わってしまったとしても、応答はつづいていくでしょう。そもそも無視や怠惰以外にも文通が途切れる理由はあり得ます。たとえば、誤配。郵便事故のたぐい。傍から見ていて、おふたりのあいだにはそのような不通が生じていたのではないか、と推察します。実に無責任な分析ですが……。手紙のやり取りがそのようにして終わってしまうのを見ては、書かずにはいられなかった。
 ぼくには上雲楽さんに、お相手の言葉が届いていないように感じられました。ペースの速いラリーはそれはそれで楽しいものですが、せっかくの手紙です、いったん受け取ってから、一呼吸置いて投げ返すのもまた楽しいと思いますよ。すでにブロックしてしまったようですので、藤井佯さんとのコミュニケーションを再開することは(双方にとって)逆効果かもしれませんが、ぼくとのやり取りにおいては――これからも文通をしていただけるのであれば――以上のことを念頭に置いていただけると嬉しく思います。
 人間同士は本来的に、決してわかりあえず、相手の言葉を完璧に正しく解釈することはできませんし、それこそが応答し続ける(correspondences)ことの楽しみだと思います。けれども言葉が丸っきり届かないために手紙の往復は止まってしまっては、元も子もありません。
 そこでぼくからの提案なのですが、この手紙に対する返事は、時間をかけて書いてみていただけませんか。これは注意でもなく、アドバイスでもなく、ひとつの提案です。難しければ、大丈夫です。

 ここまでの手紙に、怒りを感じ取られたならば、それは誤解であると云っておきます。しいて云うならば、少しばかり、悲しい。ふわぽへさんや電気豚さんのことを思い出すからでしょうか。インターネットにおいては、ひととの繋がりは容易く失われてしまいます。

 さて、前置きは以上です。あらためまして、お手紙、どうも。
 集合写真の不気味さについてのお話は興味深く読みつつ、わからないところがありました。集合写真に均質さを感じるのは、上雲楽さん自身が「人の顔や自分の顔を区別するのが苦手で、クラス写真のどこに自分がいるのかわからない」から、と手紙にはあります。それは云い換えれば、窓の灯の向こうのひとりひとりに向き合うことが難しいからであり――くり返しますが、それは優劣の話ではなく、向き不向きです――ともすると自分自身とさえ向き合えない、と云うお話だと受け取りました。「素朴に自分の心は、脳内物質の作用に過ぎない」と考えることの安心感は、ぼくも心当たりがあります。前後の価値判断の話を踏まえると、そうして窓の灯を単なる光の集合として捉えるようなことは、「ストーリーという価値判断の氾濫」に対する恐ろしさから来ているのだ、と読めました。そこからポリコレの話になり、ファシズムの話になる。
 そしてここからがお訊きしたいところなのですが――、「ファシズムと戦う手段は、まさしく、「書くことをもっと書き手じしんの手に取り戻す」だと思います。そのために、個々の人間と、自分自身の顔を見つめなければならなく感じる」と続く、そこはぼくも大いに頷くところです。しかし、そうであるならば「集合写真に感じるおぞましさがファシズムの察知かもしれない」と云うのは、よくわかりません。集合写真に均質さを感じているのは上雲楽さん自身であり、そうして均質にものを見ることはむしろ、〝「ストーリーという価値判断の氾濫」に対する恐ろしさ〟ではなかったでしょうか?
 もちろん、再び集合写真の話へ戻ってゆくところは、ふと思いついて書き留めたと云う感じであり、書くことの作用、面白さとはまさにこのような指先の動き、手の痕跡にこそあると思います。ただ、だからこそ気になって、つい深掘りしたくなったのです。

 集合写真とストーリーと云うテーマについてぼくが思い出すのは、写真史の本に出てきたニューヨーク近代美術館MoMA)の『ファミリー・オブ・マン(人間家族)展』のことです。小原真史の紹介に拠れば、《結婚、誕生、遊び、家族、死、戦争という人類に普遍的に共有される営みをテーマとして、68カ国、273人の写真から構成されたこの展覧会は、第二次世界大戦を経た世界へ向けて「全世界を通じて人間は本質的に単一である」というメッセージを表明するものであった》。そのメッセージが訴えるところは立派な世界平和ですが、一方でこの展覧会には《冷戦体制下で経済的繁栄を謳歌するアメリカ型民主主義とヒューマニズムをアピールする文化戦略》としての側面もあったようです。まさしくこれは、一見すると正しいスローガンのもとに、人間を均して呑みこんでしまうストーリーの問題に思われます。
 けれどもぼくがこの展覧会について最初に知った日高優『現代アメリカ写真を読む』では――手許にないので記憶に基づく参照ですが――世界各国の家族の写真が並べられることによって、人類は均質化させられるどころか、その差異を顕わにした。シチリアの粗末な身なりの家族写真と、アメリカ合衆国の裕福な身なりの家族写真が並べられたとき、誰が両者を同じひとつの家族だと感じるでしょうか? 写真のなかで、あるいは写真そのものを並べることには、そんな両義的なところがあるわけです。集合写真とはまた違う話と云うか、これはどちらかと云うと卒業アルバムの話かも知れませんが、しかし、集合写真もまた、顔が並んでいると云う点で、それぞれの顔は均されるどころか、かえってその個性を浮かび上がらせることもあり得るかも知れません。そしてそれは、われわれの眼差し次第なのかも知れない。
 そもそも写真と云うものが、人間をおしなべて光の痕跡として平らに均してしまう一方で、そのようにして個人が撮られることによって、人間は自らの痕跡を残し、自分自身の顔を得ることもできる、そんな「個」をめぐる両義性をもっています。ぼくはこの、両義的である、と云うことに強い関心を持っています。その両義性は、たとえば「数」の両義性でもあり、それは『九尾の猫』において書かれるような、ミステリの両義性です。ミステリは分析的な眼差しによってときに人間を記号的に扱いながらも、そうすることによって混沌から人間を掬い出すこともできるのかもしれない――あるいは逆説的に、図式へ還元し得ない何某かに触れることができるのではないか。ストーリーの均質化やファシズム的なものへ抗するための契機もまた、そんな両義性に見出されるのではないでしょうか? あまり考えを進められていないところですが……。

 エウレカセブンの話でしたね。まず、ぼくは熱心なアニメオタクでもなければロボットや漫画などにも素養のない、素人であることを前提に置きつつ――つまり、ぼくにとって『交響詩篇エウレカセブン』(以下、『エウレカ』)は一種の刷り込みに過ぎないのかもしれないと思いつつ――自分があのアニメについて考えていることを述べようと思います。
 ぼくが『エウレカ』について感動したのは、まず、あの圧倒的な世界に対してでした。それはアメリカ文化のコラージュでありながら、壮大なランドスケープのなかで妙な説得力を持って一体化し、レントンたちはその世界のなかで息づいていました。世界はそれ自体がひとつのエコロジーを作り出しているように思ったのです。『エウレカ』について、世界は広い、と云うとき、それはなんの比喩でもない。世界は広いのです。そしてそこには、いろいろな人びとが生活を営み、生物が棲んでいる(と云っても、動物がほとんど姿を見せないのは不満ですが)。そして、少年と少女は出会い、手を取り合う! その生は決して終わらない……。驚異的なのは、終盤で作品世界の成り立ちが明かされてもなお、その世界が箱庭的に縮小されることなく、一定の広さを保っていることです。惑星(だったか地球だったかはうろ憶えですが)と云う言葉がただの言葉ではなく、この惑星自体を指して云うことができているからでしょうか。
 いずれにせよ、『エウレカ』について、ポスト・エヴァとかメディアミックスのメタフィクションとかいろいろ云おうと云えば云えると思うのですが、しかしそんな図式では回収しきれないような世界がそこにはある。それは厳密に考証されたリアルではないかも知れませんが、そこで生きる彼らにとっては間違いなくひとつの(そして、それぞれの)世界なのです。小説版のあとがきで読んだ話だったと思うのですが、TVアニメ版は当時、比較的若いつくり手たちが集まってできたものだそうです。ゆえに誰か一人の作家性に回収されることなく、ゆえにときには奇妙な建て付けもありながら、それも含めてひとつの世界が複数性を保ちながら現出せしめられたのかもしれません。
 さて、ここまで語ったことからおわかりかもしれませんが、ぼくは最初の『エウレカ』以外のアニメについては、あまり好意的な感想を持っていません。『ポケットに虹がいっぱい』は、ひとつのIFとして面白く視聴しましたが、『AO』や『ハイエボリューション』はどうにも……。前者はところどころで上述した意味での世界を垣間見せましたが、後半、作品自体が、ひとつの(そして、それぞれの)世界、と云うものをを信じることができなくなってしまったようでした。『ハイエボリューション』にあっては、全篇がそんな調子で……。そこに企みがある、と云われればそうかもしれませんが、その企みはどこか別のところでやってほしかった、と云うのが正直な感想でした。とは云え『ANEMONE』は、アネモネと云う少女の強さ、その息づかいによって作品が彼女の世界となっていたように思います。
 そして『EUREKA』は――。おぼろげな記憶で話すのですが、新たにまた語り直し、世界を作り直そうとするような意志が見受けられつつ、もはやそんなことは不可能に思われました。メタ的な仕掛けをいろいろ読み取ろうとはしましたが、『エウレカ』においてそれはいささか虚しく、それはもはやぼくを圧倒した『エウレカ』ではない。けれどもそのこと自体に、シリーズの総括(とその失敗)を見たように思います。そして終盤、アイリスが息づいたような瞬間があったはずで――、そのとき、ぼくは泣いてしまった。それは事実で、その一点を以て、ぼくは『EUREKA』を、そんなに悪くない映画だったな、と感じています。でもまあやはり、そこにあるのはもはや、すでに「エウレカ」と名づけられてしまい、その言葉のなかに囚われ/安住してしまった、(世界ではない)物語空間でしかないのですが……。
 どうでしょうか。これがぼくと『EUREKA』との距離感だと思います。正直云えば、ぼくはもう、冷静な評価者ではないのでしょう。とは云えこうして語ることができて、自分でも腑に落ちてきたような気がします。
 それではこの辺で。急激に冷え込んだ三連休、くれぐれもお体、お気をつけください。

鷲羽

私的オールタイムベスト・ミステリ

 深夜の突発企画。こう云うのは勢いでやるもんだ。選んだのは十二冊。黄金の十二ゴールデン・ダズンである。

アガサ・クリスティーオリエント急行の殺人』

 ぼくが探偵小説を読むようになったきっかけであり、おそらく今後、これを超えるものとは出会わないのだろうと思う。これは列車と云うよりも箱であり、しかしこの箱のなかには、世界が収められている。

 

アガサ・クリスティー『葬儀を終えて』

 腰が抜けるほど驚いた。

 

アガサ・クリスティー『鏡は横にひび割れて』

 起こってしまった、と云う悲劇。

 

アガサ・クリスティー『五匹の子豚』

 一枚絵としての探偵小説。あるいは、だまし絵としての。

 

ドロシー・L・セイヤーズ『ナイン・テイラーズ』

 神を感じた。

 

G・K・チェスタトン『ブラウン神父の不信』

 けっきょくチェスタトンに還っていくのではないか? シリーズ全部と云いたいところだが、パズラーとしての側面が強い『不信』を偏愛している。

 

エラリイ・クイーン『九尾の猫』

 人間を数字にすること。

 

ヒラリー・ウォー『生まれながらの犠牲者』

 捜査と叫び。

 

ロス・マクドナルド『さむけ』

『ギャルトン事件』でも可。『一瞬の敵』でも良し。ともかくロス・マクは一冊挙げたい。この作家との出会いは、蒙が啓かれる感覚があったから。

 

ハリイ・ケメルマン『九マイルは遠すぎる』

 ミクロからマクロへ。

 

コリン・デクスター『ニコラス・クインの静かな世界』

 良い小説だとは思っていない。好きなわけでもない。しかし、ここにはぼくの理想へと至る可能性が宿されている。

 

ホルヘ・ルイス・ボルヘス『伝奇集』

 なんやかんやで。


 以上十二冊はもちろん暫定、暫定であるが、暫定である以外に何があると云うのだろうか?

 本当はほかにもいっぱい挙げるつもりだった。と云うか、これは最初、海外作品と云う縛りで選んでいたはずなのに、いざ並べてみると、ほかの作品を並べることは難しいように思われた。たとえばぼくのオールタイム・ベストのひとつ、加藤元浩「巡礼」がここには入っていないが、それを挙げるなら、この十二冊とはまったく違った場所に置かれるのではないか。
 たぶんここに並べているのは、オールタイムベストとか、黄金とかではなく、何かしらの基準点なのだ。

往復書簡:2024/02/17

上雲楽さん

 お手紙、どうも。伊勢田勝行=伊津原しまと云うつくり手のことは初めて知りました。とりあえず検索をかけて、ニコニコニュースでのインタビューを読み、そこで紹介されていたMVを見ました(短かったので)。なんと云えば良いのか、圧倒されました。ぼくは常々、書くことをもっと書き手じしんの手に取り戻すべきだ、と思っていますが、ここでおこなわれているのは、つくることの一切をみずからの手に収めることだからです。とりわけ、《本当に何か長い流れの一瞬にいるような、私はその中でファミレスに行って端っこで作業している感じです》と云う言葉には、おそらくその境地にひとりでにたどりついたのだろうことを含めて、尊敬と畏怖を覚えます。
 と同時に、そうしてつくられたものに対していくらか惹かれつつも、拭いがたい異物感があったのもまた事実です。あるいはその逆で、異物感を覚えるからこそ、惹かれるのかもしれません。これは一歩間違えると、上雲さんのおっしゃるような「見世物小屋的な感性」です。ただ、インタビューやMV、あるいはご本人のSNSなどを見て、何より強くぼくを圧倒したのは、つくられた絵そのものよりも、薄いシャツや作業場の乱雑なテーブル、映像のノイズや直接の撮影がもたらす独特な質感、音割れであり、それはむき出しの他者の生の片鱗に触れたような感覚をもたらしたからで、これはその反射的な「気持ち悪さ」を含めて、いつか向き合うべきものであるように思います(ぼくはなんの加工もなされていない人間の顔写真や素人の家族写真にほとんど恐怖に近いものを覚えるのですが、これはその不気味さと通じます。その不気味さに強く惹かれることも含めて)。そしてこのような、反省めいたことを書いてしまうあたり、ぼくは「真面目」と云われてしまうのかも知れません。

 正直に云うと、ぼくは自分をあまり真面目な人間だとは思っていません。義理堅くもないし、誠実でもない。わりと適当に生きているので、ストイックだとも感じません。考えすぎてしまう自覚はありますが、それは真面目と云うよりも、ものごとの受け止め方、考え方をうまく学べていないからで、よく読み、よく書くようになった最近は、考えすぎると云うこともなくなり、むしろ真面目ではなくなってきていると感じます。
 まあ、そう云ったことは単なる謙遜や卑下だとしても、少なくとも誤解であると思うのは、ぼく自身は「大衆」の愚かさや下品さ、俗なところを不快に思ったり、傷ついたりすることはありません。少なくとも、いまは。何かしらの感想やコメントを見て不愉快な気分になることはありますが――たとえば、伊勢田=伊津原氏のインタビュー記事に寄せられたコメントなどに――それは、コメントが愚かで下品だからではない。それに、そのコメントを「大衆」のようには思わない。そしておそらく、ぼくは傷ついてもいない。強いて云うならぼくは、怒っているのだと思います――決めつけで何かを馬鹿にすることに。偉ぶってひとを侮辱することに。あるいは、悲しんでいるのかもしれません――これほどのことをしても尊重してもらえないと云うことに。褒めなくても貶さなくても良いから、このような人が生きているのだと云うことを考えると云うことさえもしない人が、コメントが残されたと云うことから推理して、少なくともひとりはいるのだと云うことに。
 これは以前、ひとから指摘されたのですが、ぼくはどうも、ひとを高く見積もりすぎるきらいがある。とくに顔の見えない相手ほどに。それゆえに、怒るし、悲しむ。どうでもいいようなコメントを見ては考え込む。そうしたものを考えなくても良いのだとわかってきたのは、つい最近のことです。けれどそれでも、つい考えてしまいます。
 ぼくは数年前、自作の小説の一節として、こんなことを書きました。

帰り道、神戸の夜景を眺める。あの灯のひとつひとつに人間がいて、そのひとりひとりに人生があるのだと思うと、わたしは目眩がした。
――「喝采」(『蒼鴉城 第四十五号』)

 よく憶えているのは、この一節を書くためにぼくはこの小説を書いたのだと感じられたことです。そしてこれもまたよく憶えているのですが、ぼくはこのモノローグを、兄とふたり、目的もなく連れだって夜道を歩いていたときにふと口にしたのでした。それは京アニ放火事件の直後でした。以降、窓の灯と云うモチーフは、ぼくの小説の、とくに結末近くで、ときには意図しないままに、頻出することになります。
 そしていまになって思うのは、その灯に目眩を覚えたからどうするのか、と云うことです。現実には、ときに目眩を覚えながらも、窓の灯の向こうの人生ひとつひとつに向き合っている人びとがいます。ぼくはそうなれるだろうか? 少なくとも小説において、それは可能だろうか?
 ――ぼくにはできないかもしれない。
 最近はよくそう考えます。そしてこれは出来不出来ではなく、向き不向きの問題です。なぜならぼくは、上雲さんにそう思ってもらえるほど、真面目な人間ではないからです。そして、このように割り切ることができるようになったのは、スケッチをしたり日記をつけたりするようになったからでしょう。つまり、自分の手の届く範囲を知り、その範囲で世界と切り結ぶことがだんだんとできるようになってきたからではないか。それがおそらく上雲さんの云う「今の現実の目の前に立とうとしている」態度なのかもしれず、そう云っていただけることはとても嬉しく思います。

 ぼくにはむしろ、上雲さんのほうがはるかに真面目だと感じられます。自らの醜いところや、傷に向き合っていると云う点で……。「たぶん、それが逃げ場だと勘違いしている」と仰いますが、そうして居場所を見つけることで住まうのはひとつの生きる技法ではないでしょうか。
 しかしこれ以上は、互いのパーソナルな領域に踏みこみすぎる気がしてなりません(ぼくが進んで開示してしまった面もありますが)。もし踏みこむことがあるとすれば、それこそ、書かれる手紙に残された痕跡を辿るようなかたちによってであるほうが、(真正面から語り合うよりも)互いにとっていくらか安全であるような気がします。
 そのために本当はミステリの話もしたかったのですが、すでにだいぶ長くなってしまいましたので、ここでお手紙をお返しします。暑くなったり寒くなったりと妙な天気が続きます。くれぐれもご自愛下さい。

鷲羽巧

連鎖/転用:あるいは、ピタゴラ装置について考えるときに考えるいくつかのこと

 箱の後部に突き出た摘みを回して、ゼンマイを巻く。ゼンマイの動作によって歯車が回転し、それに接続された真鍮のシリンダーがゆっくりと回転を始める。シリンダーには小さなピンが無数に打たれており、これが台座に設置された櫛歯コームを弾くことで音が鳴る。櫛歯コームは端から段階的に長さが変わっていく。これによって音階を生じさせているのだ。また台座の隅では、シリンダー軸と歯車で接続された垂直の小さな軸を中心に、二枚の羽根が半円柱運動をくり返している。どうやら羽根の開き具合でシリンダーの回転速度を調整するものらしい。これは時計の仕組みにも似ている。
 ピンが櫛歯コームを弾く音は、木箱の中で反響することで、音色となり音楽となる。箱はただの外装ではなく、それ自体が音響装置になっているのだ。
 私は感心しながらも、少しだけ安心した。オルゴールというものは思ったより難しい構造ではない。電子機器に比べればずっと単純だし、材料も特殊なものが必要というわけでもなさそうだ。
――北山猛邦『オルゴーリェンヌ』(東京創元社

 北山猛邦の小説には、ときおりピタゴラスイッチのように手が込んだ物理トリックが登場する。ここでピタゴラスイッチと云うのは、正確にはNHKの教育番組『ピタゴラスイッチ』の一コーナーである、ピタゴラ装置のことをさす。これにはさらにルーブ・ゴールドバーグマシンなどと云う一般名称があるらしいが、こちらよりあちらのほうが遙かに通りが良いうえに、ここで念頭に置いているのはあくまでピタゴラスイッチのほうだから、ここでは一応「ピタゴラ装置」と呼んでおこう。何らかの方法で起動した装置は、次々と仕掛けを連鎖させながら、ピタゴラ装置が「ピ」の字を打つように、殺人を実行する。その冷酷な機械仕掛けは、けれども稚気と表裏一体であり、ゆえにこそ、北山作品は童話的な、無邪気さと残酷さが渾然一体となる世界観を提示する。うえで引用した『オルゴーリェンヌ』はそんな北山の作風が十全に発揮された傑作であり、そこではピタゴラスイッチ的な殺人装置がオルゴールに準えられる。ひとりでに音楽を奏でながら、こちこちと回る歯車は、冷徹に殺人のための仕掛けを駆動する。この作品にあっては、じっさいに仕掛けられた装置だけでなく、殺人の計画ぜんたいがひとつのピタゴラ装置=オルゴールであって、そのなかに巻きこまれてしまった人間たちもまた、装置を駆動する歯車の一部だ。それは生きた人間をモノへと解体するような残酷であり、けれどもその残酷な眼差しは、往々にして探偵小説が世界に、人間に、向けてきたものだった。なんとなればそれは、世界を分解して、その仕組みを理解する眼差しだからだ。
 物理トリックとピタゴラ装置の話から、世界を分解すると云う大きな話題へ繋げたことは、何も勝手な連想ではない(勝手な連想でも良いが)。〈NHK for School〉における『ピタゴラスイッチ』の教員向け説明によれば、

ふだんの何気ない暮らしにも、ふしぎな法則やおもしろい考え方がかくれています。そのふしぎを人形劇やピタゴラ装置、アニメーションなどでわかりやすく伝えて、子どもの「考える力」を育みます。4~6歳児には初めての理科や算数、プログラミングの考え方も楽しみながら学べます。*1

 ものごとの仕組み、デザインの背景。『ピタゴラスイッチ』が楽しい音楽や人形劇のなかで陰に陽に扱ってきたそうしたテーマは、ピタゴラ装置にも一貫している。ドミノを倒す、ビー玉を転がす。重力や張力に従って作動する仕掛けはときに思いがけない挙動を見せながら、もっと大きな仕掛けの一部として駆動してゆく。ぼくは子供のころ、この番組が好きだった。――いや、いまも好きだ。実家でテレビを点けたとき、いつものリコーダーの音色が聞えてくると、そのつもりがなくともつい見入ってしまう。先日実家で見たのは、「ピタゴラ装置が駆動することで新たなピタゴラ装置が組み上げられる」と云う、これを「神回」と云わずしてなんと呼ぶと云う傑作だった。その感動が尾を引いて、ぼくにこの文章を書かせている。
 そこで書き留めたいと思うのは、ピタゴラ装置を筆頭としたこの仕掛けについて、いくつか思っていることの比喩的な断片だ。

連鎖

 先ほどほんの一瞬だけ、ぼくは機械仕掛けと云う言葉を使った。けれどもピタゴラ装置はマニピュレートできるものではなく、一度動き始めたら最後、われわれは固唾を呑んで仕掛けが連鎖しながら作動してゆくさまを見つめることしかできない。その連鎖を、ぼくは運命とか、歴史と云う言葉でつい喩えたくなる。逆に云えば、運命と云うものを、ピタゴラ装置のように捉えることができるのではないか。
 じっさいに自分の手でピタゴラ装置をつくろうとすればわかるように――あるいは、ピタゴラ装置が喩えているのだろうプログラムのアルゴリズムを考えて、コードを走らせてみればわかるように――たいていの場合、装置は思ったように駆動してくれない。コードの場合は単純なタイポからロジックの考慮漏れ、じっさいの装置にあってはさらに微細で複雑な空気、角度、摩擦の問題が、設計された装置の実行を阻む。番組として放送されているのは無数に重ねられているのであろうリテイクのうちの限られた成功例であり、現実にはあんなにもうまくはいかない。けれども、誰もが成功するとわかりきっている装置は、素朴な発見の面白さはあっても、番組としての面白さはない。ひとつひとつは素朴な仕掛けであっても、それを積み重ねた巨大な装置、ゆえに失敗の可能性を大いに含んだ仕掛けの連鎖が、一度たりとも枝葉を違えることなく選び取ってゴールまでたどり着く。その不思議。ピタゴラ装置のエンターテイメントは、そこにある。それは「起きるかどうか」の緊張と云うよりも、「起きてしまう」ことの驚きだ。
 探偵小説における物理トリックの驚きも、――ひいては、真相の驚きも、それと通じているのではないだろうか? こんな真相はあり得ない、としばしば探偵小説の登場人物は、読者は、あんぐり開けた口で驚嘆する。その驚きとは、そんなことが起こるかどうかではなく、起こってしまったことにこそ起因するのだ。もっとも、驚きを追求する余りむちゃくちゃで破綻した仕掛けは、ピタゴラ装置を編集で改竄するようなもので、かえってこちらの興を削ぐ。装置はあくまで単純な仕掛け、素材、動力によって駆動されなければならない。トリックも、推理も、真実も、探偵小説においてはそのように組み立てられるのではないか?
 さらに話を拡げるならば、小説自体が多分にピタゴラ装置的である。小説は、言葉で組み立てられたピタゴラ装置だ。それを読むと云うことは、固唾を呑んでビー玉のゆくえを、ドミノの動きを、弾けるばね、跳ねるゴムひも、回転する車輪の連鎖を見つめると云うことである。先の展開をあれこれ予想することやビー玉ひとつひとつへの共感はあくまでも仕掛けに組みこまれるものであって、読み手のそんな態度も巻きこんで、装置は冷徹に言葉を連鎖させてゆく。
 あるいはそうして一度きりの装置が成立してしまうことの驚きを、運命の衝撃と準えても良い。それは歴史の不思議でもある。もしかすると時間とは、なんらかの直線をこちらからあちらへ流れてゆくものではなく、事物が次々と連鎖しながら一度きりの仕掛けを駆動させてゆく――始末の悪いことに、ここには成功も失敗もなく、起こったことはすべて起こってしまう――その生成の過程をこそ、云うのかもしれない。

転用

 ピタゴラ装置について、同様のルーブ・ゴールドバーグマシンから一線を画す特徴として、まず思いつくのは投入されるアイデアの豊富さである。こうした装置には仕掛けを駆動させる要素――小説で云う人物のようなものがつきものだけれど、ピタゴラ装置の場合、この主役はビー玉以外にも、おもちゃの車やテープの筒など驚くほど多様だ。ときにはレール自体が主役になることもあるし、そもそもドミノ倒しのように、ひとつの主役が状況のなかを運動するのではなく、運動自体が連鎖してゆくことも多い。
 そしてこの豊かさの源泉にある発想が、転用であると思う。あるものを使うときの別のやり方。たとえばテープは筒状であるから転がるし、書物はドミノ倒しができる。それだけではない。書物の小口は良い按配のレールになるし、開いたページのまんなかもビー玉を転がすのにちょうどいい。そしてビー玉もまた、ときに重しとなってシーソーを傾け、レールの穴を塞いで次なるビー玉のための道をつくる。マッチやティッシュの箱がちょっとした台からビー玉の容器、ドミノ牌の代わりまでさまざまに転用されるのは日常茶飯事だ。もっと具体的な例では、折り畳み式のワインホルダーなんかもあった。ピタゴラ装置を解説した書籍では確か、これが重みで縮んでゆくときの動きの面白さに言及され、パンタグラフに見立てられていた。
 さて、とくに最後の「パンタグラフ」が良い例だけれども、この転用、この見立て、いかにも探偵小説のそれではないだろうか? これは通常こうやって使うが、こんなふうに使うこともできる――。トリックとは得てしてそのような発想から出てくる。あるいはそもそも、創造性とは転用ではないだろうか?

創造性。初めて耳にしたけれど、意味は十二分にわかり、クイリアムはその言葉をとっておいた。じつのところ、マーディナの言葉はたくさんしまってあった。木切れといっしょに流れ着いた釘と同じように、曲がりやゆがみをできるだけ直してからポケットに入れ、必要になったときに取り出す……でも、なんのために言葉を集めているのかと問われれば、きちんとした説明はできない。確かに、無口なキルダの住人には言葉よりも釘のほうがずっと役に立つ。
――ジェラルディン・マコックラン『世界のはての少年』(東京創元社

 誰もゼロからものを作り出すことはできない。われわれにできる創造とはしょせん、すでにあるものを別のかたちに転用することだけだ。流れ着いた釘を伸ばすこと、おそらくは船材を留めていたのだろうその鉄は、たとえば綱を引っ掛けるのに使えるかもしれないし、少々物騒なことを云えば、先を尖らせることで凶器にもなる。創造は転用である。と云うか、転用はごくありふれた、もののやりかた・・・・・・・なのだ。建築史家の中谷礼仁は事物と人間との関係を論じるなかで、建築における転用の事例に触れながら、次のように云う。

[…]転用は人間にとって基本的能力のひとつであり必要なものなのである。それはまた事物と人間との魅力的な連鎖を現わし出す。そのような根源的な構造として、転用は扱われなければならない。
――中谷礼仁『セヴェラルネス+:事物連鎖と都市・建築・人間』(鹿島出版会

 ピタゴラ装置が、単なる機械仕掛けに留まらない魅力を放ち、そこに何かしらの本質めいたものを覗かせるとすれば、おそらくはこのような点においてだ。ぼくは想像するのだが――、ピタゴラ装置とはおそらく、頭の中で考えながらうんうん唸るのではなくて、さまざまな小道具をいじりながら、これはどんなものなのだろうかと、まるではじめてそれを目にするかのように新鮮な好奇心で以て眺める、そんな現場から生まれるのではないか。
 そしておそらくは、小説も。ひいては、書くことも。うえでマコックランの小説を引いたように、言葉もまた転用される。その瞬間のために溜め込まれる。そして中谷礼仁もまた、おそらくはいまその瞬間に書き進めているその文章のことを思い起こしながら、次のように書く。

事物と人間との連鎖が現われ出ること。そのプロセスはたとえば「書く」行為にも現われる。書く以前にすべてが決まっているわけではない。はじめにあるのは所在なく書かれた言葉の羅列、メモ、アフォリズム。それらをシャッフルしたり、先人の言葉を写してみたり、ネットの海に出かけてみる。これらによって、おぼろげだったイメージやさわりや感じが、次第に明らかになってくる。その発見や成果がなければ、書くことの苦労への報いはほとんどない。
――同上

 いまこうして書きながら、ぼくもまたその報いを実感している。そして確信する。小説もそのように書かなければならない、と。これは思想の開陳と云うより、みずから言葉を転用=引用しながら得た、発見であると云うべきだろう。そんな転用の現場、事物と人間との連鎖が現われ出でるところに、書かれるものは生成される。それはともすると人間をモノへとおとしめる行為だけれども、しかし最初の話に戻るならば、ピタゴラ装置は、探偵小説は、そのような眼差しを以て、世界を見つめ、製作されてきたのではなかったか?
 ぼくはいまこうして書きながら、思いがけない着地点に自分で驚いている。気候変動に恐れおののきながら、そしてガザでおこなわれている最悪の暴力に何を云うこともできない自分から逃れるようにして書きながら、同時にこんなジェノサイドを前にして何が書けるのかと諦めながら、それでもこんなところまでたどり着いたことに、呆れ半ばに驚いている。ビー玉は転がり、ドミノ牌は倒れ、あの間抜けな笛の音色が響く。その笛は云っている。ふだんの何気ない暮らしにも、ふしぎな法則やおもしろい考え方がかくれています。これはもうほとんど、祈りのようなものだ。世界に絶望しないため、希望に縋るようなことだ。

*1:https://www.nhk.or.jp/school/youho/pitagora/(「先生向け」のスイッチをONにすると表示される。これはまるで種明かしであって、舞台の裏を覗くような気分だ)

読書日記:2024/02/05~02/11 カルロ・ギンズブルグ『糸と痕跡』ほか

有栖川有栖『長い廊下がある家』『妃は船を沈める』(光文社文庫

「いい心掛けだ。力余って尻餅を搗くようなスイングは見ていて気持ちがいいからな。もっと大きなものをひっくり返してくれ。有栖川有栖ならできるだろ。マジックじゃなくて、イリュージョンが見たい」

――「長い廊下がある家」

「なんて不思議な推理でしょう」目が虚ろだった。「砂の上に築かれた楼閣なのに、ちゃんと建っているように見える。建つわけないのに。あなたは、どこからでも、どうやってでも、解いてしまうんですね」

――「残酷な揺り籠」

 連続して読んだので、まとめて感想を述べる。『白い兎が逃げる』同様、光文社文庫の新装版で読んだ。と云っても、内容としてはあとがきも解説も旧版から再録しており、変化と云えば巻末の著作リストと表紙くらいのようだ。けれども表紙の変化と云うのは馬鹿にならない。帽子や靴、手袋と云った小道具が前面に出される落ち着いたトーンの表紙は〝モノから語る〟と云う探偵小説のある種の技法を思い起こさせる。探偵は残されたモノ――死体、現場の証拠、繰り出される証言――から、過去に何が起こったのかを推理するのだ。モノは事件の痕跡であるがゆえに過去へと接近するための手がかりであり、ゆえに探偵小説はモノから語られる。この点を踏まえているのかどうか、いずれにせよ小道具から構成された一連の新装版表紙はぼくにとって探偵小説の真ん中を象徴するものであったし、それは同時に、有栖川有栖と云う作家をも象徴する。なんとなくミステリが読みたいな、と思ったとき、彼の小説は必ず期待に応える――大好き、と云うほどでもないのについ読んでしまうのは、そのまっすぐさゆえだ。
 もっとも、まっすぐであることは陳腐であることを意味しない。歴史家ではなくあくまでも犯罪学者である火村が殺人者と正面から対決する「ロジカル・デスゲーム」において、事件は火村の目の前で、火村自身を当事者として進行するし、あるいは「猿の左手」において重要な手がかりとなるのは事件と直接的な関係のない短篇小説の読解だ。小説家は新たな趣向を試みては手堅くまとめ上げる。もっともその挑戦を支えているのは、マンネリを脱すると云う撤退的な意志ではなく、思いついたことを実践してみたいと云う素朴な好奇心ではないか。そしてそれもまたこの作家の、まっすぐさと云うべきだろう。この点において、アイデアの実践が画的なインパクトをもたらし、見えていた景色が文字通りがらりと反転してしまう「長い廊下がある家」を、個人的にはもっとも面白く読んだ。ただ事実を説明しているだけであるのに妙な不気味さを与えるタイトル――『妃』の解説でも触れられているが、有栖川有栖はタイトルがうまい――や、かなり無理やりな舞台装置を《神よ、地の底でさまよう者を救いたまえ》と云う祈りによって作品の象徴に落とし込んでしまうあたりも流石のわざだ。
 けれども一方で、そうしたまっすぐさがもたらす残酷――人間をモノへとおとしめてしまう残酷を、有栖川有栖は自覚している。そのバランス感覚はときとして説教臭いと感じないではないが、たとえば作中で地震を起こす「残酷な揺り籠」において、そうした自覚はじつに良く発揮されていると思う。

 

カルロ・ギンズブルグ『糸と痕跡』(みすず書房

歴史家たちは(そして、様式こそ異なれ、詩人たちも)万人の生の一部をなしているものを職業としている。わたしたちがこの世に存在するということのプロット〔筋立て〕をなしている、真実のものと虚偽のものと偽って真実であると見せかけているものとの絡み合いを解きほぐすというのが、それである。

 藤原辰史先生の講義を受けていることはここでも何度か書いているが、そこで紹介されたいくつもの歴史書のなかで紹介されたのがカルロ・ギンズブルグ『チーズとうじ虫』だった。同時期、たぶんそれよりすこし前だったと思うが、同じく講義で紹介された『記録を残さなかった男の歴史』を読みながら、探偵小説における探偵の仕事は、手がかりから過去に起きたことを起ち上げると云う点で歴史家に漸近するのではないか*1、と云う旨のツイートをしたらフォロワーからギンズブルグを薦められた。そんなわけでギンズブルグを読みたいな、と思っていたところに、『糸と痕跡』と云うどんぴしゃりなタイトルを見つけて手に取った次第だ。何が「どんぴしゃり」か。今年のはじめに読んだ『ラインズ』で、ティム・インゴルドが分類していたふたつのラインこそ、それ自体が独立した線としての〝糸〟と、表面に残された線としての〝軌跡〟すなわち痕跡だったからだ。線はこのようにして延びて、絡み合う。ぼくが手繰るのは、そのような糸だ。
 そしてギンズブルグが本書で論じるのは、そのような糸――《わたしたちが現実の迷宮のなかに入っていくのを手助けしてくれる物語の糸》――と、残された痕跡との関係である。

 ギリシア神話によると、テセウスアリアドネーから一本の糸を贈られたという。その糸でテセウスは迷宮に入っていき、ミノタウロスを見つけて殺す。しかし、テセウスが迷宮をさまよいながら残した痕跡については、神話は語っていない。

 正直なところ、本書を読んでその関係を把握できたとはまったく云えない。文学作品から過去を探ること、あるいは物語的な叙述と歴史叙述との関係を論じる本書自体、引用には慎重にならざるを得ず、結果としてその文体は磨りガラスを何枚も重ね合わせながらそれでもなにがしかを見定めようとするようなもどかしさと複雑さがある。読めば読むほどそのガラスには指紋がべたべた貼り付いて、過去はますます遠ざかるような気がする――。具体的な仮想敵や論争の文脈、実践のあり方をまるで把握しないまま読む本ではなかったと反省させられた。それでも最後まで読んだのは、くねくねと折れ曲がりながら文献と文献のあいだを往還して織り上げてゆく、著者の筆致が読んでいるうち、面白くなってきたからだ。数頁ほどは声に出しさえした。
 ――それはたぶん、これがぼくの文体と近いからではないか。
 歴史学についてなにがしか読むたび思い知らされるのは、何枚もの磨りガラスを隔てたその叙述はいかにも曖昧で、実のところわれわれにとって、過去とはひどく不確かなものであると云うことだ。けれどもそれを云うならば、あらゆる学問がそうである。われわれが手にできる確かな手がかりのなんと少ないことだろう。しかし「ほとんど」不可能であることは、「まったく」不可能であることを意味しない。真実とはなんであるのかと云う問いをいたずらに相対主義へとうっちゃることなく、真実を記そうとする営みに巻きこんでゆくこと。ギンズブルグの思想も実践もまだまだわからないと感じるが、とりあえず読み続けようと思った。この手応えはそう、ちょうど昨年、『生きていること』を読んだときのそれと通じている。こちらのほうが断然、手探りだけれど。

*1:もっとも、それでも両者が一致しないところにミステリをミステリたらしめるものがある、と思っている

読書日記:2024/01/19~02/03 J・D・サリンジャー『ナイン・ストーリーズ』ほか

J・D・サリンジャーナイン・ストーリーズ』(柴田元幸訳,河出書房新社

まずやったのは、鉛筆で十点あまりスケッチを作ることだった。紙を取りに講師室へ下りてゆく代わりに、自分の便箋を両面とも使って描いた。それが済むと、長い、ほとんど終わりのない手紙を書いた。

――「ド・ドーミエ゠スミスの青の時代」

 訳者あとがきで柴田元幸は本書の翻訳作業について「訳している」ではなく「聴いている」と表現している。そのあとでミルハウザーとのサリンジャー語りを思い起こしながら云うことには、「サリンジャーは耳がいい」。なるほど、その筆致は音の響きを的確に捉えているだけでなく、交わされる声と声の微妙なすれ違いや、云いたいこととと話されていることとの引き裂かれるようなずれをも聴き取っているかのようだ。サリンジャーは――そして、訳者も――耳を澄ましている。そう思った。けれどもそれは、落ち着いていることを意味しない。むしろ、いまにも千切れてばらばらになりそうな世界に対し、ひたすらにその声を聴き取ろうとすることで、かろうじて繋ぎとめようとしている、そんな緊張が全篇に漲っている。ただの会話が、ずれた言葉が、どうしてこんなにも痛ましいのだろう。われわれは心の底から通じあうことなど決してない。他者と、世界とのあいだにはつねに拭いきれない違和が存在して、誰も彼もが裏切られて傷つきながら、この痛みは誰とも共有できない。本書に収められた短篇はどれも、亀裂の走ったガラスのような鋭利で透きとおった痛切さに満ちている。
 けれども同時に、それゆえに、本書は、伝えると云うことの究極的な――、なんと云えば良いのか、尊さ、をも掴み取っているのだと思う。語ること。聴くこと。言葉を交わすこと。言葉は事物を捉えるためにはあまりにも不完全であり、思いは決して伝わらない。けれどもそれでもわれわれは、言葉によってでしか伝えることができない。いかにも陳腐な表現だけれど、それはもうほとんど祈りのようなもので、ぼくはそこに懸ける小説の書きぶりに読んでいてひたすら圧倒された。戦争体験と云う極限的な痛みを扱った「エズメに、愛と悲惨を込めて」において、とりわけそれは顕著だ。張り詰めた神経がわずかでも緩めば呑みこまれ、引き裂かれるような緊張のなか、一通の手紙を読むことによって彼は救われる。いや、それは救いのさらに一歩手前、かろうじて掴み取られた一縷の光だろう。小説の幕切れ、これが小説であると同時に手紙であることを思い出すとき、作者が手紙を通して語りかけるとき――、そのとき、語り手が語ったこと、語らなかったこと、語り得ないこと、エズメたちと出会ったこと、交わした言葉、過ぎ去った時間、手紙が遅れたこと、それでも届いたこと、時計、「神よ、人生は地獄です」、ハローハローハローハローハロー、そして、エズメが結婚すること。その一切が押し寄せる。言葉が届く、と云うことについて書くことを、これほどまでに短く、精緻で、深く達成した小説を、ぼくはちょっと思いつかない。読んでしばらく、ずっとこの小説のことを考えていた。

ねえエズメ、人間ほんとに眠くなれるならね、いつだって望みはあるのさ、もう一度機――き・の・う・ば・ん・ぜ・んの人間に戻る望みが

 ところでこの部分、よく知られた新潮の野崎訳と比較したところ、柴田訳のほうが断然、鮮やかな印象を残した。個人的に、あんまり相性の良い翻訳家ではないのだけれど、こう云うところを見せつけられると、やっぱり名翻訳家だな、と思う。あと、現代的な言葉で訳されるがゆえに、野崎訳はすでに古びてしまっている感がある。その時代ごとに、新しい言葉で読み直されるべき小説なのかもしれない。ずっと読まずにいたものを新訳文庫化を機にようやく手に取ったわけだけれど、このタイミングで読んで良かった、と思った。

 

 この表紙、いったいなんの絵だろうと思っていたけれど、ここに貼りつけていくらか遠くから見て気づいた。抽象化されているけれど、これ、――横顔か。

ケヴィン・リンチ『時間の中の都市』(東京大学大谷幸夫研究室訳,鹿島出版会

いたるところに時間のサインがある。

 ケヴィン・リンチは別の本――『廃棄の文化誌』――でも読書会をしているが、こちらのほうを先に読み終えてしまった。その読書会で聞いたところでは、都市計画の分野において、リンチはかなり尊敬されているらしい。わりと観念的なことをかたる『廃棄』のほうではピンとこなかったけれど、それは本書で理解できた。明晰で、具体的なのだ。地に足が着いている、とでも云おうか。都市論と云うといくらでも抽象的なことを云えるなか――もちろん、それはそれで楽しい――リンチは最初にいくつかの都市の事例を取り上げながら、具体的な観察と明晰な議論に基づいて、都市の姿を、そのあり得べき未来をさぐる。実践の段に至っては根本的な制度・文化の見直しを図るのでどうにも非現実的で難しいところはあるが、云っていることは基本、真っ当だ。いかなる開発も空間だけの問題ではないこと。そこには時間が流れており、むしろ時間によって都市が造られていること。過去をどのように記憶し、未来をいかにして示すか。人びとの内面的な時間と、時計によって規定される外部の時間をいかに調停するか。とりわけ、時計の針や俯瞰的な地図によっては記述できない内的な時空間と云う考え方や、絶えず変化し続ける世界と切り結ぶと云う生のあり方はインゴルドを彷彿とさせて面白い。内容そのもの以上に、スタイルはまるで異なっているのに、住まうことについて考えるなかで、同じような結論に達していることが興味深いのだ。これもまた、インゴルドふうに云えば、線を延ばすこと、だろうか?

 

ティム・インゴルド『応答、しつづけよ。』(奥野克巳訳,亜紀書房

生きている世界では永遠に続くものはありませんが、だからこそ、生は無限に続いていくのです。

 曲がりなりにも研究書の体裁を取っていたほかの著作に較べると、いくぶん素直に読めるエッセイ集である。けれども全篇にはインゴルドの思想が満ちていて、本書は彼の思想の、ある種の実践篇なのだとわかる。もとより専門家による学術研究よりも個人個人にとっての生きる実践としての知を重んじる以上、こうなるのは必然だったのかもしれない。
 表題にある「応答(correspndence)」とは、『生きていること』では「呼応」とも訳されていたインゴルド独自の概念であり、周りの事物と切り結んで《私たち自身の介入、問い、反応でそれらに答えるという意味》だ。それは《あらかじめ定められた目的の実現に向かう、定められた一連のステップではありません。むしろ、続ける、そして続けられる手段、すなわち過去を認識し、現在の状況に敏感に反応し、未来の可能性に思索的に開かれた生を他者――人間と非人間のすべての――とともに生きる手段なのです》。線を引く。粘土をこねる。地面を歩く。言葉を交わす。そうしてわたしたちはなんらかの呼びかけをして、相手が、事物が、それに応える。その答えにまた応じるように、呼びかけがおこなわれる。「応答」は決して終わることのない相互的な生成変化のプロセスであり、インゴルドはそれを「文通」に喩える。と云うか、応答(correspondence)とは文通(correspondence)なのだ。

 文通では、すべての介入が返答を招き、すべての返答が今度は介入となるので、そのプロセスには、結論をもたらすような本質的なものは何もありません。生それ自体と同じように、衝動とは継続することなのです。

 このような文通が終わるとすれば、一方の怠惰や無視、暴力的な打ち切りによってだ。逆に云えば、そのような断絶に抗うために、文通はおこなわれる。コロナ禍初期、一週間先の未来さえ見えなくなっていた頃、飛浩隆がエッセイで書いていたことをぼくは思い出した。*1

いま、一丁の切れ味のよい鋏が世界地図をなめらかに切り離しつつあります。国も都市も孤島になる。その中で死と疲弊が跋扈する。
 […]
 ですが――その不確実性の中で、ひとつ約束をしませんか。半年経ったらこの手紙を読み返してほしいのです。そして半年後のようすを私に手紙で教えてほしいのです。そうしたら私もその半年後に手紙を送るでしょう。手紙が一往復するたびに、私たちは一年を生き延びたことを知る。あなたの手紙を待つことで私は日々を生きる励みを得る。

 あるいは、人と人同士でなくとも良い。それはあくまで、世界と関わり続けると云うことだから。そう云えば、漫画家のつくみずはこんなことをツイートしていた。*2 

料理はレシピに頼りすぎず適当にやると物質から直に反応が返ってきて嬉しい気がする DIYも 自分が世界に何かをしようとする度に物性や構造を通してリアクションが返ってくる 孤独を埋めてくれるものは必ずしも人間ではなかった

 「適当にやる」と云うけれど、レシピに頼らないと云う意味で、これはどちらかと云えば「即興でやる」と云うことだ。定められた一連のプロセスを再現するのではなく、その場その場で呼びかけ、リアクション(応答)をもらうこと。その嬉しさ。
 両者は相手が人かそうでないかの違いはあるにせよ、「応答」による励ましと云う点で、おそらく云っていることは同じだ。呼びかける。応える。それはたやすく孤独を埋めてくれ、絶望しない理由になる。とりわけこんな、《一丁の切れ味のよい鋏が世界地図をなめらかに切り離し》つつある時代にあっては。
 インゴルドは云う。

気づかいと自発性をふたたび結びつけようとするのは、たんなるノスタルジーだと言う人がいるかもしれません。しかし私はそうは思いません。私は本書を、どうすればこれができるのかの例として、またそれを達成する上で書かれた応答が発揮する力を証明するものとして示します。それは、過去に戻ることではなく、過去がふたたび未来への道を手探りできるようにすることに関わるからです。地球上の生を存続させ、繁栄させるためには、私たちは周囲の世界に注意を払い、完成と判断力を持って返答することを学ぶ必要があります。かつて手紙を書く際にそうしていたように、人やモノに応答することが、それぞれが自分流でありながら同時に他者を尊重することも忘れない仕方で、生が存続する道を開くのです。

 応答し続ける(correspndences)とは、まさしく持続可能性の問題なのだ。もっともインゴルドの場合、この言葉がしばしば仄めかすような人類の存続を想定していない。あらゆる生物はいつか死ぬし、どんな種族も滅ぶだろう。けれども生は終わらない、終わらせない――応答することによって。悲観的なのか楽観的なのか。現に気候変動で苦しみ、搾取され、抑圧を強いられている人びとに対してはあんまりな思想ではないかとも思うけれど――じっさい、インゴルドの思想は「健康で文化的」であることを前提に置いているきらいがある*3――少なくともいま、ここで、ぼくが生きることを絶望しない理由にはなる。まだ、それだけでじゅうぶんだ、と思う。それがぼくなりの応答であり、ともかくもこれから手紙を書くのは、ぼくのほうなのだから。

追記:同じく最近、本書を読んだと云う巨大健造さんからの提案で、ブログ上で文通をすることになった。詳しくは以下の記事から。ぼくのほうからも手紙を受けつけているので、ぼくと文通したい、してもいいと云う方はご連絡ください。

washibane.hatenablog.com

*1:SFM特集:コロナ禍のいま⑤ 飛浩隆「半年後への手紙」」(https://www.hayakawabooks.com/n/nfae03b7dd6b7

*2:2023年12月4日のツイート(https://twitter.com/lililjiliijili/status/1731401626110628097

*3:たとえば手書きを推奨し、その足で歩くことを薦めるとき、インゴルドは身体障害者のことを念頭に置いているだろうか?

往復書簡:2024/01/31

巨大さんへ*1

 お手紙、どうも。 
 乗代雄介『旅する練習』はぜったいに読もうと思いながら、いくらかのたじろぎによってまだ読めていない小説です。たじろいでいるうちに文庫化してしまいました。なぜたじろいでいるのかと云えば、これまでに読んだ乗代作品――『皆のあらばしり』『本物の読書家』『最高の任務』の三冊ですでに圧倒されたうえで、まだ自分がうまく受け止められていないと感じるからです。彼が熱心に取り上げるサリンジャーについてはついこのあいだはじめて『ナイン・ストーリーズ』を読んだばかりと云う体たらくですし、彼の書くこと/読むことのスタンスには強い共感を覚えながらもそこに一致することを躊躇わせる繊細な凄みがあります。とは云えこれはたぶん、ぼくがいくらか臆病で慎重になってしまったと云うことなのでしょう。いまはじめて小川哲やリチャード・パワーズと出会ったとして、かつてのように素直に受け止め、熱狂することはできないはずです。これは成長でしょうか? それとも退化でしょうか? いずれにせよぼくはずでに、乗代雄介にとってのサリンジャーのような作家に出会ってしまっているのであり、もう線は引かれはじめているわけです。もしも乗代雄介といまいちど向き合うなら、ぼくはいま延ばしているこの線からはじめて、そこへと引いていかなければなりません。書くことと生きることの一致、と云うぼくのしばしば口にする考えは乗代作品から引いてきたことですが、一方でぼくは目下、彼とは違う経路を――少なくとも、明示的に書かれている線とは違う線を――なぞって、その言葉を自分なりの言葉にしようとしています。たとえばインゴルドを読むことはその実践のひとつであり、そこへと繋がり、同時にそこから延びてゆく都市論や庭園論、歴史書を読むこともその一環です。それにまた、落書きしたり、線描したりすることも。
 以前は散歩しながら出会った街角の風景を撮り、写真を見ながらじっくりとスケッチしていましたが、最近は線を引くことそれ自体へ関心が移ってしまいました。スケッチはもっと練習すればもっと精緻な絵を描けるはずですが、その先に目指すものはきっと描く楽しみではあっても線を引く楽しみではないような気がしたからです。どう云うことか。昨年中之島美術館で佐伯祐三の大規模な回顧展がありましたが、初めは風景を描いていた絵が時代を経るにつれどんどん正確であることをやめ、次第にキャンバス上で引かれたいくつもの絵の具の線へとほどけてゆく過程にぼくは驚かされました。それは見たものを描くことから描くことで見るほうへの変遷なのだと思います。この変化は短期間で起こりました。そして、佐伯は最晩年、病床に就いてからも新たな作風の展望を開きつつあった……。インゴルドふうに云えば、始まりも終わりもない、過程それ自体としての線。
 これと同じような線を、ぼくは昨年、京都の国立近代美術館でも目にしました。同美術館で60年代におこなわれていた「現代美術の動向」展を振り返る『Re:スタートライン――現代美術の動向展シリーズにみる美術館とアーティストの共感関係』の入り口近く、すなわち初期の作品群――手によって描かれた抽象画の数々に。ぼくはそこで紹介されていた作家たち――山口長男や宮脇愛子、田中敦子など――の思想的背景や、学術的な文脈も知りません。けれども思うに、彼ら彼女らが目指したのは、最終的に示されるキャンバスの抽象的な構成ではなく、むしろ具体的な線描――目の前にいくつもの線を引いてゆくこと、その過程、その運動ではないでしょうか? 潮流も、芸術家自身もいまだ若いなかで描かれたのは、具象ではなかったかもしれませんが、具体的な素材による具体的な線だった。おそらくはまるで見当外れだろうその確信はやがて、ぼくにインゴルドを、そしてパウル・クレーを思い出させ、いつも画面をじっくり見ながらなるべく正確にスケッチしようとする自分自身を反省させ、いつもより長かった年末年始の休みをきっかけに、実践をすっかり転向させるに至りました。とは云えこれは、スイッチのオン/オフみたいに切り換わったと云うのではなくて、引かれ続ける線がこんがらがりながら先を模索する、その過程の一部に過ぎないのでしょうけれども。
 何の話をしてるんでしたっけ?
 まあ、たぶん、スケッチも続けることには続けます。実を云うと公開していないだけでこっそり続けています(twitterで見かけた風景写真を模写することが多く、あまり表に出すのは躊躇われるのです)。それに、散歩も。町をいっぽいっぽ歩きながら、知らない通りへ曲がり、知らない家々が次々と現われ、その風景はぼくが一歩踏み出すごとに変化しつづけている。そこに散らばる無数の生活の痕跡に、ぼくはいつも満たされるような、圧倒されるような気分になります。かさぶたのように家の壁を覆うトタン板のパッチワーク。その場しのぎで即興的に張りめぐらされた軒下の配線。ちょっとした段差を登るために無造作に置かれたコンクリートブロックと、そのこぼれたふち。道路に大きくはみ出したプランターから伸びる蔦が屋根まで這いのぼっているさま。これらひとつひとつ、その部分部分が、そこで営まれている生の意図せざる記録であり、われわれはみな、そのようにしてすでに書いているのでしょう。巨大さんの仰る意味とはおそらく微妙に違っていると思いますが――そちらはもっと指向性のある、好きなものや大切なことの集積であるように思います――踊りや音楽の素養のないぼくにとっては、こうした微細なことどもに「記憶に拠る生の技芸」が見出されます。ある場所に住むと云うことは、そのような記憶を生みだし、刻みこみながら、その記憶のなかに生きると云うことなのかもしれません。――なんだか書いていてこんがらがってきました。ぼくはこの手紙を、なるべく即興的に書こうとしています。じっくり考えすぎると、返事もできなくなりそうなので。読みにくければごめんなさい。
 こうした町の記憶について書いていると思い出すのは、アンソニー・ドーアの短篇「一一三号村」です。ある場所について記憶の話であり、場所それ自体が持つ記憶の話であったと、記憶しています。微細な記憶の集積が、巨大な広がりを生みだす、そんな短篇でした。これに対して同じ技法を用いながらも、長篇『すべての見えない光』は町全体をひとつの模型に閉じ込めて箱庭にしてしまうようなところがありました。けれども一方でぼくは、微細なことの記憶は微細なことによってこそ書かれるのであって、長篇小説を書くことはむしろ、あのような模型づくりにあたるのではないか――そう考えはじめています。小説は、とくにその技巧を考えるとき、究極的には模型づくりになってしまう。少なくともぼくの書こうとしている探偵小説のような、ひどく人工的なジャンルにおいては。であるならば、模型から脱することではなく、模型によって何ができるかを考えてみたい。
 何やらひとりよがりで取り留めのない結びになってしまいましたが、巨大さんはこのあたり、どうお考えになるでしょうか。そもそも『すべ見え』はお読みになっていますでしょうか。そうでなくとも、以前話した際に仰られていた「一一三号村」の凄さについて、あらためてお聴きできれば嬉しく思います。
 それでは、また。いやな寒さがつづき、流行病も猛威をふるっておりますが、くれぐれもご自愛くださいませ。

追伸:この手紙を書き終えてから、巨大さんの仰る「記憶に拠る生の技芸」について、だんだんとわかってきた気がします。明示的にせよ暗示的にせよ、なにがしかが伝わること、それによって変ってゆくこと。インゴルドの云う「応答」にも通じることに思われます。
 ぼくの云う生の痕跡とはこれと反対に「生の技芸に拠る記憶」なのかもしれません。

*1:と、いきなりはじまったこの往復書簡、と云うか、文通の経緯は巨大さんのブログを参照のこと。いまのところ、巨大さんによる多面指しみたいになりそうですが、鷲羽と文通をしたいと云うかたはご連絡ください。お手紙お送りします。あるいはあなたから送ってもらっても構いません。