鷲はいまどこを飛ぶか

多くの場合は、小説について。

2022-01-01から1年間の記事一覧

「我々は前向きに思い出す」

何も急ぐことはありません。生長を待たなくてはなりません。じっくり育ってゆかせなくてはなりません。やがていつかその時が来たら、立派な作品ができるというのなら、それに越したことはありません。 わたしたちは探求してみなくてはなりません。そのために…

2022年下半期ベスト

どの一瞬にも、歴史が傍らをよぎってゆく音が静かに鳴り響いている。今福龍太『原写真論』 ひと息のあいまで無為に過ぎていったようにも、目まぐるしく変転したようにも思われる半年でした。昨日と今日で何かがすっかり変わってしまっているのに、それを知っ…

読書日記:2022/12/15 ジェフリー・ディーヴァー『魔術師』

中世的でありながら未来的なパレードは、催眠薬のようだった。そのメッセージは誤解のしようがなかった――テントの外に存在するものは、ここでは価値を持たない。人生について、人間の性質について、そして物理の法則について学んできたことは、すべて忘れる…

読書日記:2022/12/12 ケネス・ブラウワー『宇宙船とカヌー』

手すり際に立ち、フィヨルドの壁が通り過ぎていくのを眺めながら、私はフリーマンの言ったことを考えていた。もしダイソンの性癖がふたたび一世代飛び越えて出てきたらどうだろう? 宇宙船は、誰かこの森のなかで育った者によってつくられることになるのかも…

読書日記:2022/12/05 リチャード・パワーズ『惑う星』

森の中で何かが呼んだ。それは鳥の声でも、私が聞き覚えのある獣の声でもなかった。その声は闇を貫き、大きな川の音をものともせず響き渡った。苦痛なのか喜びなのか、何かを悲しんでいるのか祝っているのか、わからなかった。ロビンはぎくりとして私の腕を…

読書日記:2022/12/01 米澤穂信『栞と嘘の季節』

僕はあまり、そうは思わない。誰でも少しずつ嘘をつくのだから、ひとしずくでも嘘が混じればすべてが嘘と考えていたら、この世のすべては嘘になる。そんなことは松倉だって……いや、松倉の方が僕よりもよくわかっているはずなのだから、結局僕たちは、同じも…

「オブスクラ」:『蒼鴉城』第48号

京都大学推理小説研究会の機関誌『蒼鴉城』の第48号が完成しました。モノクロのデザインにだまし絵のようなイラストがいままでになくクール。ぼくは会員として校正を手伝っています。逆に云えばそれ以外は主として後輩諸氏が編集をがんばってくれています。…

ここから先は何もない:映画『すずめの戸締まり』について

「モーリス、モーリス、どうか希望を捨てないで」 ――グレアム・グリーン『ヒューマン・ファクター』(ハヤカワ文庫epi) これはフィクションだ。そのつもりで。 昔の話だ。まだきみが科学少年の、ついに孵化することのない卵でしかなかった頃、家族とどこか…

読書日記:2022/11/06 沢木耕太郎『天路の旅人』

地図も磁石も持たない旅では、人に訊くより仕方がない。そして、それを信じるしかない。 沢木耕太郎はもう無名ではない。彼は防衛大学校の前で体当たりの取材を繰り返す何者でもない男ではないし、身体ひとつでユーラシアを横断する無鉄砲な若者でもない*1。…

読書日記:2022/11/03 井上荒野『小説家の一日』

これも夫が言った通り、子供ではなく母親の視点で書いた。自分自身からは離れるように書いていったが、離れようとすればするほど、近づいてくるものがあるようだった。どのみち完成しないのだからと妙に思い切りがよくなって、自分のことを書こうと思うと、…

読書日記:2022/10/27 カイ・T・エリクソン『そこにすべてがあった』

1972年2月26日、アパラチアの山中バッファロー・クリークで発生した大規模な洪水は125名の人命を奪い、流域の家々を、そこに生きる人びとの暮らしを押し流した。そこでなにが失われたのか。本書は被災者たちが負った心の傷を調査し、社会学的に論じた研究書…

ジキルとハイド

いろいろと思い出したことなどを、断片的に。 先日、Fridays For Future Kyotoによる気候変動についての交流会に参加した。久しぶりにひとと会う活動をしたので足を動かしただけでもう気力が残って折らず、後半のマーチには参加しなかったけれども、交流会に…

創作「ある偽作者」

去年、短篇競作に書いたもの。読み返したら悪くないなと思ったので、若干手を加えて公開する。 わたしは彼をなんと呼べば良いのかわからなかった。わたしが彼を呼ぶ声、はじめて彼を呼んだそのときの声は、だから自信なく、よろめいて響いたと思う。しがつ、…

創作「学問の厳密さについて」

書いた掌篇の出来に多少の自信があるときだけブログに公開するならば、ますます何も出さなくなるだろう。自信があるかどうかは問題ではない。うまく書けるかどうかは重要ではない。書き続けること。これだ。 機関誌の掌篇競作のために書いた。字数制限は1600…

「鴉はいまどこを飛ぶか」に関するメモ③

前回、前々回からのつづき。 washibane.hatenablog.com washibane.hatenablog.com 語りすぎている。いい加減終わらせたい。 どこまで? トイレだったことはよく憶えている。ぼくがその推理を思いついたのは、実家のトイレの便座に腰掛けていたときだった。何…

「鴉はいまどこを飛ぶか」に関するメモ②

前回の続き。 washibane.hatenablog.com どこへ? 趣向をとりあえず考え、犯人を警官とすることまで考えたので、次に具体的な推理・手がかりを考えることになる。が、正直、あれこれ書いては消してみて、正確なところはやはり憶えていないと云う結論になった…

「鴉はいまどこを飛ぶか」に関するメモ①

小説を書くときに何を考えていたかと云うものは所詮後付けに過ぎず、文章を綴る、鉛筆を走らせるその一秒、文字を打鍵するその一瞬に何を考えていたかと云えばそのとき書いている文章以外にはないはずで、つまり、小説を書くときに考えていたことが小説であ…

創作「鳥はいまどこを飛ぶか」

サークルの会誌に書くための中篇が汲々として進まないので息抜きに書いた。リョコウバトを題材とすることはエモすぎるので国際条約で禁止されるべきとの向きもありますが、本作ではニホンリョコウバトと云う別種なので大丈夫です。 大学三年の夏、わたしはリ…

ツイートの代わりに:2022/07/24

今福龍太『原写真論』を読んだ。主として今世紀に書かれた写真論を集成したもの。総じて面白く読んだけれど、ポストコロニアリズムについて著者のある種楽観的な態度と、ラテンアメリカや沖縄をめぐるシリアスな現状とのあいだで軋みを上げているようなもの…

ツイートの代わりに:2022/07/23

ジャンル論なんていくらでも反例が生えて来るのだから、トップダウンで考えるより具体的な作品の検討からボトムアップで構築した方が妥当なものができると思うが、しかし考えてて楽しいのは圧倒的に、デカい話の方である。 ある土地のある時代の銃取引につい…

ツイートの代わりに:2022/07/22

パトリク・オウジェドニーク『エウロペアナ:二〇世紀概説』(エクス・リブリス)を読んだ本に追加→ bookmeter.com 短くも濃密で、凄惨にして滑稽な二〇世紀史。あるいは、二〇世紀史を語らないことによって二〇世紀史を捉えようとする試み。高く、高く、高…

ツイートの代わりに:2022/07/21

日記の代わりに。 (面接が)終わりー。 魚(うお)~♪ 魚魚~♪さあ輪になって食べよー♪かーわーざーかーなー♪締めて食べるかーらー♪ 「世の中興奮することっていっぱいあるけど、やっぱり一番興奮するのはみすず書房の近刊案内見てる時だよね」「間違いないね…

日記:2022/07/19

8時に起きる。30分ほどだらだら。このだらだらとした時間がいちばん良くない。それはわかっている。 一限をzoom講義で受ける。先生が慣れていないからか、誰かがマイクミュートにしていないせいでずっとがさごそと朝の生活音が聞こえるからか、何もわからな…

日記:2022/07/18

三年が経つ。世界はずっと前に壊れており、いまも壊れ続けている。 昼前に起きる。ブランチを済ませて大学の図書館に行く。資料にあたりながらレポートを書こうと思っていたが、あいにく閲覧席は満杯だ。代わりに本を何冊か借りて、喫茶店に行く。レポートの…

日記:2022/07/17

ツイートする代わりに日記を書くことにする。続けられるように続けるつもりなので、毎日は更新しない。飽きたらやめる。 8時半にはいちど目を覚ますが、もう一度寝たりだらだらと転がったりしているうちに午前10時前になる。朝ごはんは食べない。この数ヶ月…

2022年上半期ベスト

これくらい単純なことがあるだろうか?――リチャード・パワーズ『黄金虫変奏曲』(みすず書房) 複雑に延び、繋がり、分断された露地を進んだ。――小川哲『地図と拳』(集英社) 上半期ベストの季節がやってきました。やって来てしまいました。いままでは半期…

創作「帝国と云う名の地図」

突発的に書いた掌篇。地図小説です。元ネタはボルヘスのアレ。 過去のあらゆる地図よりも正確な地図をもとめたのは四人目の皇帝だったとされる。この頃、帝国の版図は建国以来最大を更新し、千年間で最も権勢を誇った。皇帝が地図を求めたのは、この治世を確…

小川哲著『嘘と正典』文庫版の解説を担当しました

こんにちは。鷲羽巧です。 小川哲さんの短篇集『嘘と正典』文庫版の解説をこのたび担当しました。 解説では、個々の作品の読解から、作家・小川哲の魅力、そしてぼくはそもそも誰なのか――なぜ一介の大学生なのにこのような大役を任されたのか――も含めて書い…

ブランコを漕ぐ

何かを考えたいときは散歩する。何かを考えながら散歩するときに公園が目に入ると立ち寄る。そこにはたいていブランコがある。両脚をピンと伸ばして、勢い良く漕ぐ。振り子の周期をその身で感じながら、何かを考える。多くの場合、それは夕暮れから夜中だ。…

創作「ウボンゴ小説集」

『文体の舵を取れ』の練習問題⑦ではウボンゴ小説と呼ぶべき掌篇を提出した。この記事は過去複数回にわたって発表したそれらのまとめ版。なぜまとめたのかと云うと、ウボンゴが話題に出るたびにリンク貼るのに、記事が複数あると面倒だからだ。最近はゲーム小…