鷲はいまどこを飛ぶか

多くの場合は、小説について。

2023-06-01から1ヶ月間の記事一覧

壁の向こうの住人

しばらく前のことだ。実家に帰ると、隣家とのあいだに壁が建っていた。スチール製の薄い板を縦に設えただけの簡素な造りだったけれど、背は二メートルあってそうそう乗り越えることはできず、視線を交わすこともできない、明確な拒絶の意志を感じさせる壁だ…

創作「64/6/24,美術館裏」

内容はすべてフィクションです。 一九六四年に京都国立近代美術館(当時はまだ、正確には国立近代美術館京都分館)で開かれた第二回《現代芸術の状況》展には、多くの画家や彫刻家と混じってふたりだけ写真家が採られている。一見して場違いな選出はしかし当…

読書日記:2023/06/19 ティム・インゴルド『生きていること』

行き先の定まったプロセスであるという目的論的な見解に代えて、行き先が絶えず更新されていく宙に投げ出された流転として、生きることの可能性を新たに捉えなおすことはできないだろうか。生きることの核心部分は始点や終点にはなく、生きることは出発地と…

断片を3つ

書きつづけることは難しい。 一、二、三。少年は声を出さずに数える。よん、ごう、ろく。ゆっくりと、同じテンポで、数字が数字であることさえ意識しないまま――なな、はち、きゅう。どうして数字に名前がついているのだろう、と考える。どうして一の次が二と…