鷲はいまどこを飛ぶか

多くの場合は、小説について。

創作

創作「夜になっても走りつづけろ」

『夜になっても遊びつづけろ:よふかし百合アンソロジー』(ストレンジ・フィクションズ,2021)に書いた短篇。コーマック・マッカーシーの遺作『通り過ぎゆく者』を読んでいたらふと思い出したので、もう発表から3年も――3年も?!――経つことも踏まえ、じゃ…

創作「流木海岸」

カモガワ奇想グランプリにて、一次選考を通過した掌篇。アイデアは、と云うか、情景は以前から思いついていて、しかしそれをどんな切り口で書けば良いのか決めあぐねるうちに〆切が迫り、出さないよりマシだと思ってアイデアをいろんな方面からつんつんする…

創作「アレフ三世の天球儀」

2年ほど前に書いた掌篇。 カモガワ奇想短編グランプリに応募できるな、と思って抽斗から引っ張り出してきたけれど、《紙媒体の書籍ないしは同人誌に掲載されたものは投稿不可》と云うレギュレーションに気付いて、とは云え引っ込めるのもあれだし、お祭りの…

創作「わたしは悲しかった」

祖父と云うものを理解したとき、祖父はもうベッドのなかにいた。朝起きてから夜眠るときまで、祖父はずっとそこから動かなかった。スプリングのしなやかに弾むマットレスのうえに身を横たえて、日がな一日テレビを見ていた。動かせるのは右肩くらいで、それ…

創作「64/6/24,美術館裏」

内容はすべてフィクションです。 一九六四年に京都国立近代美術館(当時はまだ、正確には国立近代美術館京都分館)で開かれた第二回《現代芸術の状況》展には、多くの画家や彫刻家と混じってふたりだけ写真家が採られている。一見して場違いな選出はしかし当…

断片を3つ

書きつづけることは難しい。 一、二、三。少年は声を出さずに数える。よん、ごう、ろく。ゆっくりと、同じテンポで、数字が数字であることさえ意識しないまま――なな、はち、きゅう。どうして数字に名前がついているのだろう、と考える。どうして一の次が二と…

「逃げてゆく瞬間」:『玩具の棺』Vol.6

「ぼくはずっと、本当の瞬間を逃しつづけてきた」 写真家の篠田は、すっかりデジタルカメラに転向して以来、久しぶりにフィルムを現像していた。彼女が撮った写真ではない。学生時代の友人――久世の遺品として、預かったフィルムだ。久世は彼女にカメラを教え…

「オブスクラ」:『蒼鴉城』第48号

京都大学推理小説研究会の機関誌『蒼鴉城』の第48号が完成しました。モノクロのデザインにだまし絵のようなイラストがいままでになくクール。ぼくは会員として校正を手伝っています。逆に云えばそれ以外は主として後輩諸氏が編集をがんばってくれています。…

創作「ある偽作者」

去年、短篇競作に書いたもの。読み返したら悪くないなと思ったので、若干手を加えて公開する。 わたしは彼をなんと呼べば良いのかわからなかった。わたしが彼を呼ぶ声、はじめて彼を呼んだそのときの声は、だから自信なく、よろめいて響いたと思う。しがつ、…

創作「学問の厳密さについて」

書いた掌篇の出来に多少の自信があるときだけブログに公開するならば、ますます何も出さなくなるだろう。自信があるかどうかは問題ではない。うまく書けるかどうかは重要ではない。書き続けること。これだ。 機関誌の掌篇競作のために書いた。字数制限は1600…

創作「鳥はいまどこを飛ぶか」

サークルの会誌に書くための中篇が汲々として進まないので息抜きに書いた。リョコウバトを題材とすることはエモすぎるので国際条約で禁止されるべきとの向きもありますが、本作ではニホンリョコウバトと云う別種なので大丈夫です。 大学三年の夏、わたしはリ…

創作「帝国と云う名の地図」

突発的に書いた掌篇。地図小説です。元ネタはボルヘスのアレ。 過去のあらゆる地図よりも正確な地図をもとめたのは四人目の皇帝だったとされる。この頃、帝国の版図は建国以来最大を更新し、千年間で最も権勢を誇った。皇帝が地図を求めたのは、この治世を確…

創作「ウボンゴ小説集」

『文体の舵を取れ』の練習問題⑦ではウボンゴ小説と呼ぶべき掌篇を提出した。この記事は過去複数回にわたって発表したそれらのまとめ版。なぜまとめたのかと云うと、ウボンゴが話題に出るたびにリンク貼るのに、記事が複数あると面倒だからだ。最近はゲーム小…

創作「象と絞首刑」

名探偵の話です。最後に残ったものが勝者だ。 象と絞首刑 指し手たちがその場を去っても、時が彼らを消滅させても、儀式が終わらぬことは確かだろう。――ホルヘ・ルイス・ボルヘス「象棋」(鼓直訳) 小父さんが死んだ。高名な推理作家だった小父さんの死を多…

創作「面接」

あなたの名前を教えてください。 文子。文子と書いて、あやこ。戸籍はそう登録されているはずだけれど、母はわたしをふみと呼び続けた。父に名前を呼ばれたことは一度もない。近しい友人はわたしをぶんちゃんとかあやとか名付けた。大学では烏丸と呼ばれるこ…

書きやすい文体で書くとなると

こうなる。パワーズの出来損ないみたいだ。 きのうきょうと書き進めていたが、お話の方がどうにも掴めない。 その報せを、わたしは早朝の東京駅で受け取る。父の死。音にしてたった四文字。ひと影の疎らなプラットホームで、すべてが静止したかのように灰色…

進捗がない。 「開けなさい」 ノックと云うにはあまりに激しい、こぶしが扉を撲る音。窓の鎧戸が下ろされ明かりも落とした部屋、立方体にぴたりと詰まった暗闇のなかで、少年は布団を頭から被る。両手で耳を塞ぎ、ベッドの上に壁を向いて蹲る。瞼を閉じる。…