鷲はいまどこを飛ぶか

多くの場合は、小説について。

日記:2020/04/22

 眠くて瞼が開かないと云う感覚を昼寝で味わうとは思わなかった。むりやりこじ開けたが案の定そのあとの諸々の調子が良くない。午前中までは本を読んだり図書館に資料を受け取りに行ったりを順調にこなせたのだけれど。とは云えあのまま眠っていたら夕方を過ぎていただろうから、それはあまりにもむなしい。

 なんだか今年に入ってから、時間を無駄にすることへの罪悪感が強くなった。残り時間が意識されるからだろうか。何の残り時間だ?

 

 昼寝から起きてなおしつこい眠気を覚まそうと水を飲み、ついでにまだ洗っていなかったコップを洗ったら水道の様子がおかしい。蛇口のレバーを締め切っているのに水がぽたぽたと垂れ、そのうち止まるだろうと放っておいたが水滴は不規則にシンクをぼんと打ち続け、いったん気になると堪らない。チラシの類いは見境なく捨てるのに水道屋のマグネットだけは取っておいたおそらく入居したての頃の自分に感謝しつつ業者を呼んだ。対応は早く、夕飯後には来てくれた。必要火急のことだからだろうか。

 水道屋のひとと濃厚接触した結果、蛇口丸ごと取り替える羽目になり思いがけない出費が決定された。給付金はぜったいに貰わなければならないだろう。

 住んでいるアパートの種々の設備の古さを感じはじめたきょうこの頃、引っ越しを本格的に視野に入れた。

 追記。濃厚接触と云っても半ば冗談で、お互いにマスクをして距離を取って窓も開けて換気していた。台所の換気扇を回していなかったのは画竜点睛を欠くか。いまさら怖くなってきたぞ。

 

 twitterから一定の距離を置いてきょうで一日。ふとスマホに手を伸ばし、ああアプリは消したんだっけとなること頻繁で、自分の依存ぶりに呆れた。一方でいささかの不便も感じる。1~2週間程度でひとは大体の環境に良くも悪くも慣れると云うし、もうしばらく様子を見る。

 

 ロベルト・ボラーニョ『アメリカ大陸のナチ文学』を読み終えた。もう一度書くのは面倒なので読了直後の感想をそのまま引用する。

  これはこれで面倒くさいな。でも次からもこんな感じでやっていくと思います。