鷲はいまどこを飛ぶか

多くの場合は、小説について。

「グラモフォンとフィルム、タイプライターのための殺人」:『蒼鴉城 第四十九号』

 あとに残るのは言葉。ただ言葉だけだ。われわれは言葉の外に出ることはできない。音楽がドレミの外では何も演奏できないように。映像が光の外では何も映すことができないように。すべてはこのどうしようもない窮屈さのなかで一切が遅れてゆく。そこには本当も嘘もない。ただ抜け殻になった死体が転がっている。コーパス。死体。全集。言葉の集積。
 まだわたしの話を聴いてくれているかい?


 キトラとぼくはきょうだいのようにあるいは友達のように育った。いちばん収まりが良い関係は、探偵役とその助手だろう。ぼくたちは探偵小説の真似事をすることで世界と関わってゆく。今回キトラが挑むのは半世紀前に起こった殺人事件だ。中学校の資料室で英語教師が殺害された。現場の出入りは録音と録画によって監視下にあって状況は密室。そして被害者は死の間際、タイプライターでダイイングメッセージを残していた――。



 こんなミステリを久しぶりに書いたような気がします。スリーピング・マーダー。密室。ダイイングメッセージ。名探偵、みんなを集めて「さて」と云い。趣向としてはフーダニットやハウダニット、ダイイングメッセージ当てといろいろ詰め込んでいますが、やりたかったことは要するに、タイトルどおりの三題噺です。グラモフォンとフィルムとタイプライター、三つのガジェットのためにこの殺人は書かれました。なんと人工的な! けれどもそれはミステリが本来的に抱え込む残酷であり、面白さでもあります。楽しんでいただければ幸いです。
 元ネタは、作品内のエピグラフでも引いているとおりフリードリヒ・キットラー『グラモフォン・フィルム・タイプライター』。探偵役の名前もここから採っています。数年前からタイトルだけは思いついていて、ネタがぼんやりと浮かんだのは今年の春頃。手がかりから犯人へ至る推理がはっきり見えたのは〆切一ヶ月前です。実際の執筆期間は二週間ほど。だから本作は数年かけて書かれたとも云えますし、二週間の突貫で書かれたとも云えます。あるいはこうも云えるでしょう――ぼくが生れてからいままでの二十四年かけて書かれた、と。書くと云うことはかくも捉えづらいものであり、ゆえに本作の主題も「書くこと」です。最後に添えられた呆気ないほど単純な、いっそ馬鹿げたダイイングメッセージが、実のところぼくのもっとも書きたかったことでした。

 掲載は京都大学推理小説研究会の機関誌『蒼鴉城 第四十九号』。京都大学の十一月祭で頒布予定のほか、通信販売や文学フリマでも手に取っていただけると思います。下記のboothでも販売しますので、追加された際にはぜひお買い求めください。妖怪退治の活劇や京都市内を股にかける知恵較べまで、力作揃いです。


追記:信販売開始しました。

booth.pm

soajo.jimdofree.com