鷲はいまどこを飛ぶか

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読書日記2019/02/21 イアン・マクドナルド『旋舞の千年都市』他

 SFを読む意欲が湧いてきたので、積んでいたSF長篇を3冊読んだ。SFを読むと云う今年の抱負を、早速実践したことになる。

 

 イアン・マクドナルド『旋舞の千年都市』の舞台となるのは、近未来のイスタンブールである。ヨーロッパとアジアの狭間、様々な勢力が取っ組み合い、金が縦横無尽に流れ、ナノテクが横溢し、アイディアが奔流し、遙かなる未来と長く積み重ねられてきた歴史が同居する混沌の都。物語は、ある日この街で起こった被害者ゼロの自爆テロから始まり、6人の物語へと枝分かれしていく。テロを目の前で目撃して以来、神秘的な幻覚が見えるようになった青年。安静を強いられているが、ロボットを駆使して街を駆け回る、探偵志望の少年。彼と仲が良い、暗い過去を抱える老人。ある邪な企みを仕掛けようとしているトレーダー。その妻であり、《蜜人》なる伝説の宝を探すよう依頼された美術商。テロのせいで面接に遅刻してしまったものの、その結果画期的な事業に関わる仕事が回ってきた女性。……それぞれの物語が並行し、時に合流しながら、《都市の女王》イスタンブールの姿が織り出される。中東の鮮やかで複雑で精密な絨毯のことを思い浮かべるのは、おそらく偶然ではないだろう。

 SFらしいSFを期待すると少々肩透かしを食らうが、以上のように活写される都市の姿と、それをものする鮮烈な文体に身を委ねると非常に楽しい。もとよりイアン・マクドナルドは、代表作と云われる『火星夜想曲からして、思索に耽るのではなく、連綿と続いていく人々の生を通じて、ひとつの街が興り、消えていく様を鮮やかに描いた作品だった。あちらが縦に伸びた物語であるならば、こちらは横に広がりを持った物語だ。現に、何世代も跨いでいた『火星夜想曲』と対照的に、本作はたった5日間しか経過していない。実に濃密。

 個人的には、もっと都市を根本から揺るがすような展開も見てみたかったが、《都市の女王》はそう簡単に斃れてはくれないと云うことか。6人の主人公たちはそれぞれの未来へと新たに踏み出し、《都市の女王》の治世はこれからも続く。

 

『千年都市』は思索で読者を圧倒するようなものではなかったが、ピーター・ワッツ『ブラインドサイト』泣く子も黙るハード・スペキュレイティヴ・フィクションである。気軽にハードSFを使うと怒られそうだが、少なくとも本作は色んな意味で「ハード」だ。

 あらすじを文庫の裏表紙から引用しよう。

突如地球を包囲した65536個の流星の正体は、異星からの探査機だった。調査のため出発した宇宙線に乗り込むのは、吸血鬼、四重人格言語学者、感覚器官を機械化した生物学者、平和主義者の軍人、そして脳の半分を失った男。彼らは人類の最終局面を目撃する――。ヒューゴー賞・キャンベル記念賞・ローカス賞など5賞の候補となった、現代ハードSFの鬼才が放つ黙示録的傑作!

 何が何だかわからない。が、ネタバラシをしないようにするとこうなってしまうのも仕方がないだろう。SFファンには、『ソラリス』的な超高難易度ファースト・コンタクトを通じて、『ハーモニー』にも共通する問題意識を描いた、と云えば伝わるだろうか。 下巻で展開される、意識を巡る一読受け容れがたいヴィジョンが本作の主眼だが、それが浮かび上がるまでの過程も読みどころなので、深くは言及しないでおく。

 個人的に感心したのは、そのヴィジョンのために、語りの形式、登場人物ひとりひとりまで計算して組み込んだこと、そしてその上で、登場人物ひとりひとりの物語を取りこぼさず描いたことだ。正直、難解な説明もあるが、本作は「普通の人間」から外れた者たちがおのれを見つめ、互いに理解し合おうとする物語でもある。冷徹な思考が脳を揺さぶる一方で、熱い想いが心を揺さぶる。

 SF長篇は数を読めているわけではないが、これからも忘れがたい作品になることは間違いないだろう。3月刊行予定の短篇集も楽しみだ。

 

 ハードなSFを読んだこの勢いならいける――そう調子に乗って、グレッグ・イーガン『白熱光』も読んだ。見通しは甘かった。イーガンはやはりハードだった。

 物語は奇数章と偶数章でふたつのパートに分かれている。遠い未来、銀河全体に広がる《融合世界》と、銀河中心部にある謎に包まれた《孤高世界》を舞台に、未知への冒険を求めていた男が《孤高世界》へと旅立ち、なんやかんやある奇数章*1。《スプリンター》と云う閉じられた世界を舞台に、簡単な幾何学と四則演算しかない状態から、ニュートン物理学、アインシュタイン相対性理論まで科学を発展させていく偶数章。両者は互いが互いの種明かしをするような構成になっており、その仕掛けに注目すればミステリとして読むことも可能だろう*2

 比較的面白さがわかりやすいのは偶数章。天体観測ができなくとも、環境が地球とは全く違っていても、科学は宇宙で普遍のはずだ――と云う熱い思いが伝わってくる。学校で習うような数学理論や科学知識が、世界の見方を変える基礎として、あるいは世界の危機を救い得る武器として活躍する様は、細かい理論部分がよくわからずとも楽しめた(ただやはり、もっと厳密に理解したいとも思う。不可能なわけではないだろう)。

 偶数章が、科学的発見と発展の素晴らしさを語る一方で、奇数章は後半、ある展開によって「啓蒙」に問題意識を向ける。このあたりのバランスも狙っているのだろう。ふたつの物語は決してわかりやすく交差はしないし、一方だけでも成立するのだろうが、やはり両者が揃ってこそ、本作は完成する。

 難しい部分については「難しいなあ」と理解を放棄して流し読みしてしまったものの、それでも十分面白く読めたあたり、イーガンの卓越した技量がうかがえる。自分のことを棚上げしたような感想で恥ずかしいけれど。

旋舞の千年都市〈上〉 (創元SF文庫)

旋舞の千年都市〈上〉 (創元SF文庫)

 
ブラインドサイト〈上〉 (創元SF文庫)

ブラインドサイト〈上〉 (創元SF文庫)

 
白熱光 (ハヤカワ文庫SF)

白熱光 (ハヤカワ文庫SF)

 

*1:何が起こっているのかよくわからない部分が結構あった

*2:多分。自分の理解が正しければ