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読書日記2019/05/15 エラリイ・クイーン『フォックス家の殺人』

 アメリカの田舎町ライツヴィルはにわかに沸き立っていた。この町に生まれ、第二次世界大戦で活躍した英雄――デイヴィー・フォックス大尉が帰還したのだ。しかし、彼を褒めそやし祭り上げる周囲に反して、デイヴィー自身は自らが犯した殺人の罪と戦争の悲惨さによって精神を病んでいた。ある夜、彼は妻の首を絞めたいと云う激しい衝動に駆られる。このままでは愛する妻を殺しかねない……。デイヴィーとその妻は解決策を求め、名探偵エラリイ・クイーンのもとを訪ねた。いわく、デイヴィーを襲う殺人衝動は、12年前、彼の母が殺された事件に起因しているのかも知れない。妻殺しの犯人として投獄された父親、その殺人者の血が流れていると思っているからこそ、戦争による心の傷が彼を殺人へと駆り立てるのではないか。だとすれば、デイヴィーの父親が殺人者でないことを証明すれば、デイヴィーの殺人衝動も治められる――。夫妻の思いに心動かされ、エラリイは捜査を開始する。

 今回取り上げるエラリイ・クイーン『フォックス家の殺人』*1は、以上のような発端からはじまる《回想の殺人》ものである。一応、現代でも事件は起こるものの、それも12年前の事件をエラリイが再捜査し出したことによって発生したものであり、物語の焦点が当てられているのはあくまでも過去の殺人事件だ。ひとりが捕まり、殺人者として裁かれ、人びとの記憶と書類の記録に埋もれてしまった事件。エラリイは当時の記録や証言者を当たりながら、過去を再構成し、事件を掘り返していく。

 ゆえに本作は終始、大きな動きや派手な展開がない。凄惨な死体も登場しなければ、難攻不落の不可能状況も、スリリングな犯人追跡も、何なら、華々しい真相解明さえ存在しない。エラリイの振る舞いも、初期国名からは見違えるほど大人しくなり、物語はセピア色をした背景のもと、哀しい静けさが付きまとう。過去の事件について、状況をひっくり返すのが絶望的に難しいと云う事実も、作品全体の悲愴さを強めている原因だ。物語の前半をかけてじっくりおこなわれる検証を通して、犯人が他にあり得ないこと、些細な穴も塞がっていることを示される。エラリイによる執拗な追及も、かえって状況を悪化させるだけ。単に解けない問題を解くことより、すでに答えが示された問題をひっくり返すことの方が、遙かに難しいと云うことだろう。

 12年もの間、止まっていた時間。それを再び動かすことは容易ではない。12年前の事件の舞台となった家は、事件以来ずっと放置されているが、電気も通っていない暗い家に降り積もった塵・埃は、長い時間の経過と、拭い去りがたい過去を示している。時間を経て凝り固まってしまったこの過去が現在へとようやくすくい上げられるのは、物語も終盤になってからだ。

 この終盤にいたってからの急展開を、唐突に感じる向きもあるだろう。最後に新情報が次々と出てくるからだ。真実を特定するための手がかりの多くが、この終盤に集中している。しかし、過去が動かしがたいものであることを語るにはこれだけのページが割かれなければならなかったし、過去をひっくり返すためには静止した時間が動き始めなければならなかったのだ。思い出の品が掘り返され、過去に対する新たな見方が投げかけらる、そうして止まっていた時間が動き始めた途端、ささやかな穴から堅牢な状況が氷解していく様は感動的だ。狭い隙間を縫う論理が、大いなる壁を崩壊させる昂奮。

 しかし、過去の事件が解き明かされた先、エラリイが辿り着いた真実は、あるいは事件を終わらせたままにしておいた方が良かったのではないか――そんな後悔さえ覚える残酷なものである。真実は解かれるべきだったのか? 真実は告げられるべきなのか?

 自らの手で突き止めた真実に対してエラリイが取った選択は、名探偵と云う存在の責任を読み手に提示する。

 本作を読んで、同時期に発表され、同じく《回想の殺人》に挑んだアガサ・クリスティー『五匹の子豚』を連想するひとも少なくないはずだ。けれども、あのラストでエラリイに迫られる決断と彼の選択は、自分にはむしろ『象は忘れない』を思い起こさせた*2。『象』もまた過去の事件が解き明かされ、最後に「真実は告げられるべきか?」と云う問いが投げかけられる。

 もちろん、『フォックス家』と『象』では、真実の重みが異なるので、簡単に並べて較べることはできない。だが、過去の真実を眠らせることで未来を守るのか、過去の真実を暴くことで未来を向くのか――その選択の違いを考えると、同じ《回想の殺人》をテーマとしていても、探偵による、作家による差異が浮かび上がってくる*3

フォックス家の殺人

フォックス家の殺人

 
五匹の子豚 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

五匹の子豚 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

 
象は忘れない (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

象は忘れない (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

 

*1:ハヤカワ文庫なので「エラリー」ではなく「エラリイ」

*2:偶然の一致かも知れないが、『フォックス家』を含め、いずれも動物がらみのタイトルである

*3:これ以上踏み込むと細かく比較して検討しないとならず、面倒臭いのでここまで