鷲はいまどこを飛ぶか

多くの場合は、小説について。

綴葉レビューまとめ:2024年度

読むのはほとんどの場合、書評だ。好きだとあらかじめ知っている本に目を通す以上のことをするには、残された時間はあまりにも少ない。
――リチャード・パワーズ「メジャーズ滝へ」

 京大生協の書評誌〈綴葉〉で書評に参加してからそろそろ一年経つ。こちらでは「水炊き」名義でやっているのだけれど、毎月新刊を読み、毎週書評の原稿をチェックし合う環境はぼくにとって得難く、良い経験になっている。
 こんかいは、この一年に〈綴葉〉に掲載した書評を振り返るとともに、(自分で云ってしますが)この優れた書評誌を宣伝できれば、と思う。ぜひともほかの委員の書評も見ていってほしい。

2024年3月号:前川淳著『空想の補助線』

いくつもの分野を渡り歩きながら連想的に話題を繋げてゆく、著者の足取りはとても軽やかだ。そうして編み上げられる意味ありげなネットワーク――緩やかな線の結びつきこそ、表題にもなっている「空想の補助線」なのだろう。
――『空想の補助線』評より

 デビュー作(?)。このときはまだ正規会員ではないので投稿扱いでした。『空想の補助線』は天文台のエンジニアでもある折り紙作家のエッセイで、総じて読みやすく、折り紙で幾何学図形とか折りまくっていた小~中学生の頃の自分に読ませたら喜んだんじゃないかと思う。こう云う科学エッセイでありがちな、過剰なロマンティシズムもない。

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2024年4月号:小川哲著『君が手にするはずだった黄金について』

事実だけでは小説にならず、けれども良くできた嘘を並べたところで良い小説にはならない。単なる嘘には還元されきらない奇跡的な瞬間――そんな「黄金」を手にするために小説家は書き続ける。
――『君が手にするはずだった黄金について』評より

 好きな作家・よく知っている作家なら書評も楽になる――、と云うわけでもないのだと、本書で学んだ。どこからどう切り出して、どうまとめたものやら。困ってしまったことをよく憶えている。結果として、妙に熱っぽい評となった。

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2024年5月号:ロバート・ダーントン著『検閲官のお仕事』、アンソニー・ドーア著『すべての見えない光』

「このシステムはひとりでに機能する。このシステムが検閲をする」。一度システムに取り込まれてしまえば、その抑圧に抗うことは難しい。
――『検閲官のお仕事』評より

そして本書もまた、困難な時代を生きる人びとに、迷わないよう手を差し伸べるような巨大な地図にして世界の模型なのだ。
――『すべての見えない光』評より

 がっつり学術書を担当し、それも長文書評と云うことで緊張もあったけれど、それ以上に本が面白かったので記事それ自体はとても楽しく書けた。むしろ困ったのは『すべての見えない光』のほうで、短い分量のなかに比喩をうまく落とし込めない。これもまたやはり、好きであるから書きやすくなるわけではない、と云う例だろう。

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2024年6月号:コーマック・マッカーシー著『通り過ぎゆく者』『ステラ・マリス』

つまり、人間は世界を理解できないということ、そして世界もまた人間のことを斟酌しない。それは苦痛と孤独に満ちた、残酷な世界観である。
――『通り過ぎゆく者』評より

 読んで、途方に暮れた。その途方に暮れた感覚を、そのまま書評に活かしている。ちょっと、途方に暮れすぎたかな、と云う反省もある。マッカーシーは難しい。

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2024年7月号:米澤穂信著『冬期限定ボンボンショコラ事件』、笠井潔著『バイバイ、エンジェル』

思えばデビュー作『氷菓』から一貫して、米澤穂信は生きることについて問うてきた。彼の描く青春は、登場人物ひとりひとりに、お前はどう生きるのか、と選択が迫られる季節である。小市民を志しながらも挫折をくり返す小鳩くんと小佐内さんもまた例外ではない。
――『冬期限定ボンボンショコラ事件』評より

探偵小説は人間を描いていない、とよく言われる。しかし人間が人間でなくなるとはどういうことなのか。本書は探偵小説を通じて、逆説的にそれを描き出している。
――『バイバイ、エンジェル』評より

 ちょうどアニメも始まる時期だったので、話題の枠で小市民シリーズを紹介させてもらった。とは云え、小市民シリーズの「小市民」云々は『秋期』でいったん終止符が打たれているので、この書評ではちょっと嘘をついていることになる。シリーズものから抜き出して紹介する難しさだ。
 特集は「パリ」と云うことで、これを良い機会に、と『バイバイ、エンジェル』を再読。実は最初に読んだのが中学生か、下手すると小学生のころだったので、ようやっとちゃんと読めたと云う思いだ。作品内容も、以後のシリーズよりずっと「パリ」が前面に出ていて、これが都市小説としての側面もあることを再確認した。

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2024年8・9月号:フランコモレッティ著『遠読』、アレックス・ライト著『世界目録をつくろうとした男』

そう、試み。あるいは実験、挑戦、賭け。本書においてモレッティの理論と実践は、そんな言葉で表せるだろう。彼はその賭けに勝ったとは必ずしも言えないが、ここで模索されているのは答えではなく、問うための方法だ。
――『遠読』評より

あり得たかもしれないもうひとつのインターネットを想像させるオトレの夢は、知識のあり方、その未来について、わたしたちに改めて考えさせる。これは考え続ける価値のある問いだ。少なくともオトレは、決して諦めなかったのだから。
――『世界目録をつくろうとした男』評より

 祝・復刊と云うことで、『遠読』を紹介。とは云え一冊の本としては扱っている話が手広いので、紹介するのはその概要と、実践としての「文学の屠場」に絞らせてもらった。結果として明快な評になっていると思う。
 新刊で紹介したのは、ポール・オトレの伝記。こう云う、ユートピアを志したささやかな個人、と云った話には弱い。

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2024年10月号:日高優著『日本写真論』

ものが在れば、それが写る――そんな写真固有の視覚は、人間の知覚を超え、肉眼で眺めるだけでは取りこぼされる細部を抱きとめ、汲めども尽きせぬこの世界の豊穣を見る者に信じさせるのだ。
――『日本写真論』評より

 同号ではインタビューも担当しているので、そちらもぜひ。
 日高優先生は『現代アメリカ写真を読む』でぼくを写真好きにさせた原因のひとりであり、本書も期待を大にして読んだが、文体が『アメリカ写真』のころからけっこう変わってしまっていて面食らった。語られている思想、その「信仰」には大いに刺激を受けたものの、評の最後に「空回り」と書き加えているのは、そのあたりの感想も書き残しておこうと思ったからだ。あとから「嫌味にも見える」と指摘され、そのあたり、擁護と皮肉の按配の難しさを思い知らされた。

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2024年11月号:千野帽子著『人はなぜ物語を求めるのか』、有栖川有栖著『スイス時計の謎』ほか

本書はそのような「物語」――人間が己を、そして世界を把握するために用いる思考の枠組みに、揺さぶりをかける一冊だ。その物語とは結局、自分がつくり出したものであって、バイアスや決めつけに満ちている。なぜなら人間は、自分が何を知らないのか知ることができないからだ。そして自分の物語に組み込めないもの――他者との衝突、理不尽な出来事――と出会ったとき、なぜこんなことが、と人は苦しみ、ともすると相手を排除したり、さらなる決めつけに飛びついたりしてしまう。
――『人はなぜ物語を求めるのか』評より

論理の階梯を一段一段と登りながら、小説は人間の領域を超えた時間の真理、あるいは世界の神秘に触れる。そこで浮かび上がる鮮烈なイメージは、推理小説だからこそ描き出せるものだ。
――『スイス時計の謎』『女王国の城』評より

 いつか読みたいと思っていたがきっかけが掴めなかった本を読むのに恰度いい機会、それは第一に読書会、第二に新装復刊、第三に綴葉の書評である。『人はなぜ物語を求めるのか』は、その「良い機会」になった。
 企画【私の本棚】は自由度の高い記事で、せっかくだから以前から考えていた有栖川作品二作の対比的な書評をおこなった。いま読み返すと、「幻想」と云う言葉はすこし違ったかな、と思っている。とは云えこの書評を読んだ父――ぼくの筆名は父に把握されている――から、「あれで紹介していた本、おまえ、持っているのか」と訊かれたことは嬉しかった。「持っているなら、貸してほしい」。もちろん、快く貸した。書評家冥利に尽きる瞬間だ。

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2024年12月号:北村薫著『冬のオペラ』、エラリイ・クイーン著『九尾の猫』、北園克衛著『単調な空間1949-1978』

けれどもこの特権性こそ、現代の推理小説が抱える問題だった。あくまでも人間の身でありながら、名探偵は神様にでもなったようにすべてを見通し、超然と振る舞う。いったい何が、彼らの特権を保証するのだろう?
――『冬のオペラ』『九尾の猫』評より

精緻な人工性はときに抒情を持ち得るのだ。読み終えて脳裡に浮かぶのは、虚空に置かれた四角形である――それは究極に孤独で、静謐な風景だ。
――『単調な空間』評より

 特集「ヒーロー」に寄せた記事は、名探偵の特権性と云う切り口から二冊、紹介した。こちらの怠惰のばかりに『名探偵の有害性』などに触れられなかったのは惜しまれるけれど、最愛のミステリのひとつ『九尾の猫』をこうして語ることができたのは嬉しかった。――そのぶん、熱がこもって、やや掴みどころのない感じになってしまったが。
 ほんとうは、クイーンの旧版表紙と絡めて北園克衛を紹介したかったのだけれど、その余裕はなかった。ただし、〝精緻な人工性はときに抒情を持ち得る〟と書くことができたこと、これは良かった。記事でも書いているように、それはミステリそのものにも通じる抒情だからだ。

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2025年1・2月号:河野裕著『彗星を追うヴァンパイア』、沼野雄司著『現代音楽史

けれどもそうした疑問点を挙げたうえで、むしろそこを糸口として、対話を始められる可能性が、本書にはひらけているように思う。なんとなればその対話こそ、学問が始まる現場だろうからだ。
――『彗星を追うヴァンパイア』評より

理解の鍵となるのは、二十世紀(ひいては現代)という時代である。機械文明の発達。ファシズムの台頭。近代への疑義。音楽そのものを破壊し、いかなる抑圧からも自由であろうとする現代音楽は、現代史と鏡映しになっているのである。
――『現代音楽史』評より

 この時期はちょっと元気がなく、書評にも、なんだか無理やり振り絞って書いている感が出ている。――と、気にするのはぼくだけだろうか? 『ヴァンパイア』評はストレートに手堅くまとめることができたと自負もある一方で、科学史をもっと勉強したり、『チ。』を読んで比較したりしてからのほうが鋭利な切り口で語れたかもしれない、と思う。
 「音楽」特集は、ほんとうのところ、パワーズを取り上げたかった。けれども『われらが歌う時』は新刊品切れだし、『黄金虫変奏曲』を書評のために再読する気力はない。無念……。とは云え、『現代音楽史』も良い本だ。戦後芸術のモダニズムがパラレルに進行していったことがよくわかる。そこではきっと、ミステリも同じであったに違いない(最末期クイーンの抽象性を見よ!)。

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