鷲はいまどこを飛ぶか

多くの場合は、小説について。

「逃げてゆく瞬間」:『玩具の棺』Vol.6


「ぼくはずっと、本当の瞬間を逃しつづけてきた」


 写真家の篠田は、すっかりデジタルカメラに転向して以来、久しぶりにフィルムを現像していた。彼女が撮った写真ではない。学生時代の友人――久世の遺品として、預かったフィルムだ。久世は彼女にカメラを教えた師匠であり、憧れであり、ライバルであり、あるいはそれ以上になり得る存在だった。そうはならなかった、と云うだけのことで。
 現像が終わるのを待つあいだ、篠田は昔のことを思い出す。モラトリアムの学生時代。写真との出会い。久世と過ごした日々。そして、奇妙な消失。――あの日、ふたりが別れた最後の夜。久世は篠田の眼からすり抜けるようにして姿を消したのだ。どうやって。そして、なぜ。



 ミステリ研の先輩たちが主催する同人誌『玩具の棺 Vol.6』に、短篇ミステリを書きました。5月21日の文学フリマ東京で頒布予定。


 内容としては、いわゆるハウダニットです。思えばはじめて書きました。それ以外にも、いままでやってこなかったようなことをやったつもりですが、書いてみるといままでの鷲羽巧の延長でしかない気もします。ならばここからどこまで行けるのか。さいきんはそんなことをよく考えます。
 一応、探偵役として十文字あやめと云う学生を据えており、「鴉はいまどこを飛ぶか」「鳥類学者の記憶法」に連なる作品です。とは云え彼女を引っ張り出したのは急遽〝第三者の立場から事態を見直す人物〟がいたほうが良いと思ったからで、シリーズとしては番外篇的扱い*1*2。単体でもお楽しみいただけます。

*1:これまでの作品との矛盾もあります

*2:そもそもシリーズとして積み重ねているつもりはなく、どちらかと云えばパリンプセスト。しかし、いい加減腰を据えて、シリーズとかキャラクターと云ったものに向き合うべきかもしれません