鷲はいまどこを飛ぶか

多くの場合は、小説について。

創作「流木海岸」

 カモガワ奇想グランプリにて、一次選考を通過した掌篇。イデアは、と云うか、情景は以前から思いついていて、しかしそれをどんな切り口で書けば良いのか決めあぐねるうちに〆切が迫り、出さないよりマシだと思ってアイデアをいろんな方面からつんつんするようなかたちで書いた。突貫だったからこそ、ストレートな味が出たのかも知れない。
 最後に応募時の梗概も添えた。


 

漂着

流木は一年に一度、春先に、夜のあいだに漂着する。その瞬間を目撃した者は誰もいない。地元では、それを見ることは禁忌であるとされ、もしも見ることがあれば海に呑まれてしまうと云う。浜辺の周辺にはフェンスが張りめぐらされ、夜間の立ち入りは固く禁じられている。自治体の担当職員は「安全性の観点から」このような措置を取ったとしている。ただし、カメラ等の監視装置は設置されていない。「あらゆる撮影の試みは失敗します」と職員は語っている。「いまのはオフレコでお願いしますよ」

観測

漂着の撮影は過去に二回、それぞれNHKと大学の研究チームによって試みられたが、いずれも失敗している。どちらも原因は、カメラの物理的損傷であるとされる。塩水による故障。打撲による破損。「ひとつのこらずお釈迦です」とNHKの職人は云う。「流木が当たって壊れたと云うか……、叩き潰された?」

浜辺

全長一キロメートルに満たない小さな白砂の浜で、周囲を崖に囲まれている。浜に降りるためには数カ所の緩く細い坂がよく用いられる。百年以上前から人びとが歩きつづけてきたことで削られて出来たスロープは、かつて何度も拡幅や舗装整備が提案されたが、「登ってくる」と云う住民からの強い反対に遭っていずれも実現していない。

巡回

漂着が発生すると、毎朝浜辺を見回る係員によって報告される。この仕事を役所の職員が担当するようになったのはここ十年ほどのことであり、以前は村の住民が持ち回りで担当していたほか、さらに昔は浜辺の管理を生業としていた家があったと云う。

折衝

発生が報告されるとすぐさま役場で会議が持たれ、しかるのち、村の代表者数名による折衝が持たれる。「昔はえらい騒ぎやったけどな」と家具職人の男は云う。「折衝なんて待ってられへん連中もようさんおった。ひとより一本でもええのを確保したいからな」

流木

漂着した流木は数万本におよぶ。流木は浜辺の白砂を覆い尽くし、枝同士を噛み合わせた巨大な構造物をかたちづくる。

音1

流木は風が吹くたびに擦れ、軋み、「ぎいいいいいいいいいいいいいいいい」と云う音があたりに響き渡る。地元ではこれを「流木が呼んでいる」と云う。「唸っている」と役所職員は云う。「叫んでいる」と地元職人は云う。子供たちは多くの場合、「泣いている」と表現する。

音2

七年前におこなわれた調査において、研究チームは「風に乗って聞こえてくるその叫びは夜間も聞こえているはずだ」と主張し、漂着の夜にその音を聞いたことがないかどうか、地元住民に大規模なアンケートをおこなった。聞いたことがあると答えたのは数名に留まり、そのいずれも夢との区別をつけることができていなかった。夜勤の従業者などは全員が否定している。研究チームの用いていた調査ノートには、「聞いてはいけないことになっているのではないか」と走り書きがされている。

本数

流木の本数は直近二十年ほどのあいだ減少傾向にある。

由来

流木がどこから流れ着いたものであるかは定かではない。流木が発生するためには、大規模な土砂崩れなどによって大量の木々が河川へ供給され、海へ流出する必要がある。流木は一年に一度決まった季節に漂着することから、同様に一年に一度、決まった季節に流木を生成する土地、すなわち毎年崩壊する土地があると考えられるが、そのような現象は世界中どこにおいても確認されていない。「そもそもそれでは、一度の土砂崩れで流木が流れきってしまう」と研究者は反論する。「流木の発生メカニズムはほかにあるはずだ」たとえばどんな?「各地で発生した流木が、海流によって一箇所に集まる、というような」

個体

しかし流木から採取されたDNAは、すべての流木が同一の個体に由来することを示している。

年輪

年輪ごとに炭素の放射性同位体を測定し、その減少量と年代ごとの大気組成を比較することで、流木の発生年代を特定できる。さらに複数の流木の年輪でこれを較べることで、年代記を作成することが可能になる。この年代記によれば流木は少なくとも百年前には発生し、もっとも古いものは五千年前に遡ることができる。これは現在世界で最も長く生きている樹に匹敵する樹齢であり、しかもそれは、毎年更新されている。つまり流木は年を経るごとに、古いものが漂着するようになっている。

呼吸

「樹木は光合成し、空気を吸いこみます。年輪はそこから取り出された炭素によってつくられます」地元の教師は云う。「植物は無から有をつくり出すことのできる唯一の生物です」

樹種

「針葉樹だが、なかでももっとも原生的な種と思われる」。これは流木の研究について、実証的に示すことができ、合意に達することのできた数少ない結論のひとつである。

挿木

林業で用いられる挿木の手法を採れば、樹木はクローンをつくることができる。「これだけの量の流木が同一個体から発生しているとは考えられない」と研究者は云う。しかし同様に、あの流木の量を満たす規模の育成林もまたあり得ない。

木材

流木は塩抜きをおこなうだけで高い強度を見せ、古くからこの土地では家具や建材として利用されている。「海の風を感じるんですよ」とこの家具の愛用者は云う。口を揃えて。「海から呼ばれているような気がするんです」

彫刻

流木はまた、彫刻の材料としても広く流通している。「偏屈な歪みと、それでいて素直な材質がいい」と地元の彫刻家は云う。彼は大小様々な人形をつくっては土産物屋に卸している。「一本ごとにインスピレーションを与えてくれます。でもたいていは、ヒト型になることが多いですね。そう注文されることも多いんですけど」

人形

「師匠は、もっと無機質な形を作っていました。なんと云うか、樹みたいな、……いや、あれこそ有機的なのかな」

仏像

浜辺を見おろす崖の上に寺がひとつあり、その本尊は流木の一本をそのまま仏に見立てたものだと云う。「仏様に見えなくもない、みたいなもんですよ」と住職は云う。「でも、仏様より仏様に見えることもあります」本尊は少なくとも過去百年、公開されていない。

解体

流木は地元の建築業者らが協力しながら、一ヶ月かけて徐々に解体される。砂浜がもとの白さを取り戻すにはさらに一ヶ月はかかる。軋みはそうして聞こえなくなる。

分解

「毎年流木の量は減ってますけど、使われる量も減ってますからね」役所の職員は云う。「バイオマス利用とか、提案されたんですけどね。なぜか、うまく分解されないんですよ、あの木はね」

漂流

使われ切れずに残った流木は浜辺に置かれ、やがて海へと還される。漂着と反対に、これは地元住民には、見届けるべき過程とされている。夏の終わり、人びとは夕暮れ時に浜辺へと集まる。大人たちは流木を押してやる。流木の一本一本が波にさらわれて消えてゆく。子供はフェンス越しに遠くから見ることしか許されていない。しかし彼らにも遠く遠くの水平線に向かって、小さな影が集まっては散らばり、沈み、浮かび、やがて見えなくなるところが見える。たとえ見えなくとも見つめつづける。陽が暮れる。世界が暗くなる。子供たちは一斉に泣き出す。



一行梗概:

  • 一年に一度大量の流木が漂着する浜辺。その流木はすべて、同一個体に由来している。

三行梗概:

  • ある浜辺に一年に一度、大量の流木が漂着する現象について、断片的な記述が並べられている。流木はどこから来ているのかわからない。しかしおそらくその木は生命の根源的な存在であり、それはすでに壊れ、破片がこうして漂着している。


優勝作は、果たして……?

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