鷲はいまどこを飛ぶか

多くの場合は、小説について。

小説「still」:『留年百合小説アンソロジー ダブリナーズ』

日記を付けなよ、とあなたは云った。あなたを見送る駅のホームにはわたしたち以外に誰もいなかった。留年って、年が留まるって書くでしょう、とあなたは云った。それって、時間が止まるってことじゃない? どこまで真剣に云っているのかわたしにはわからなかった。時間が淵に入ったみたいに、流れが止まってしまう。留まってしまう。それはとても苦しいことだと思うの。だからなに、とわたしは答えた。あなたはくちびるを尖らせた。だから、日記を書くべきだってこと。日々を記して、時間を積み重ねて、決して時間が止まってるわけじゃないって体感すれば良い。もしかすると遠回りしているかもしれないけれど、着実に時間は進んでいるんだって。ね? それってつまり、とわたしは云った。時間の浪費を実感しろってこと? あなたは首を横に振った。意地悪なこと云わないで、とあなたは云った。時間は等しく流れるの。あなたは目を細めた。わたしたちはどこでも生きている。ずっと生きている。ねえ、そうでしょ? ホームに列車が滑り込む。あなたの長い髪がそよいで、さよなら、とわたしは云う。またね、あなたは微笑む。あなたはわたしを置いていく。

「still」――じっとして、まだ、それでもなお。留まりつづけるわたしから、去ってしまったあなたへ宛てた、いくつかの断想。



 来る5月19日開催、文学フリマ東京38で頒布予定の合同企画誌『留年百合小説アンソロジー ダブリナーズ』(ストレンジ・フィクションズ)に書いた短篇です。じっさいに留年中に描いていたスケッチに、架空の断想を添えたもの。まあ、なんと云いますか、ひとつの総括のようなものです。

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