鷲はいまどこを飛ぶか

多くの場合は、小説について。

「SF小説入門作品ガイド」:『SFマガジン』2023年10月号

 お仕事の告知です。『SFマガジン』2023年10月号の特集「SFをつくる新しい力」に参加しております。SF小説の入門作品を薦めるミニレビューで、ぼくは2作品を担当しました。未読の方の道標となっていれば幸いですが、さて、道標となるようなレビューとは何か。

 ぼくが最初にSFをSFと意識して手に取ったのはおそらく、ジャック・ヴァンス『奇跡なす者たち』だったはずです。そのきっかけとなったのは中村融編『街角の書店』で、いまとなっては見知った名前の並ぶ豪華なアンソロジーだったその本は当時のぼくにとって未知への扉であり、ヴァンスもそうした扉のひとつでした。ヴァンス。クリスティーやクイーンとは違う、どこかエキゾチックで、厳めしく、それでいてスタイリッシュな字面。ぼくはさっそくGoogle検索をかけて、つい数年前、短篇集が出ていると知った。それが『奇跡なす者たち』でした。その装幀の恰好良いこと! そう、ぼくにとってSFとは最初、一種のエキゾチシズムだったことは否めません。しかしそうして、まったく新しい、見たことがない小説を知ることは、まさしくヴァンス的な体験であり、ぼくにミステリの相対化を促し、読書の刷新をもたらしました。
 そして同じ年、ぼくは書店で同じ叢書から刊行されたばかりの本を手に取ります。芥子色の表紙にたくさん車が描かれてあって、どこか懐かしく、けれど新しい。そのタイトルは、『ジーン・ウルフの記念日の本』と云いました――。
 ――ミステリ読みともSF読みとも微妙ないまのぼくの読書を規定する道のりは、ここから始まったわけです。

未来の文学〉についていまでもよく憶えているのは、その紹介文の面白さです。たとえば『記念日の本』なら、こんな具合。

ケルベロス第五の首』 『デス博士の島その他の物語』 の名匠ジーン・ウルフによる第二短篇集がついに登場。リンカーン誕生日から大晦日まで、アメリカの祝祭日にちなんだ作品で構成された予測不可能な物語が詰まった驚異のコレクション!

〈収録作品はいわゆるSFだが、多くはそう思ってもらえないタイプのSFで、明らかに地球外を舞台にしているのは「ラ・ベファーナ」と「住処多し」だけ。何篇かはユーモアものであるとはいえ、私のユーモアのセンスは屈強な男を失神させ、女性に凶器を取らせるような代物である……〉(まえがきより) 出来損ないの世界でのビジネスマンの凝縮された一生を描く不条理中篇「フォーレセン」、ピーター・パン由来の死のイメージが散りばめられた不気味な一作「取り替え子」、車が○○する話「カー・シニスター」、クリスマス・イヴの新旧おもちゃの攻防戦「ツリー会戦」など〈言葉の魔術師〉ウルフが華麗な文体と技巧を駆使して贈る、予測不可能な物語と知的仕掛けに満ちた初期短篇全18篇を収録。

 あなたがぼくのブログの熱心な読者で、とくに半期ごとのまとめや、短篇集の感想なんかを読んだことがあるなら、そこで採用しているスタイルがこの紹介文に影響されていることがわかるでしょう。作品の内容を短く切り出し、あるいは圧縮し、いっそ不親切なまでに皆さんご存知と云うスタイルを誇示する。それは初心者を面食らわせるかも知れませんが、そこには確実に、読み手には未だ知らぬ、独特の体系があるのだと感じさせる。――ぼくにとっての道標とはそのようなものです。この向こうに何があるのか教えるのではなく、この向こうに何かがあることを教えること。もっとも、あまり不親切では道標の役目も果たせないのですが。

 以上、宣伝に見せかけた思い出語り、短いエッセイでした。告知と思いこんだひとは読み逃しましたね(『記念日』前書き風に)。