鷲はいまどこを飛ぶか

ミステリとSF、ときどき東方。

2019年上半期ベスト

 上半期が終わるのを1か月早く勘違いしていた気もします。気のせいかも知れません。いずれにせよ6月が終わったので、今年読んだ作品の中からベストを挙げていきたいと思います。国内海外問わず、長篇(および短篇集)と短篇で20作品ずつ、順不同です。

 

長篇(および短篇集)

  ネタバラシを食らったので慌てて読んだ『名探偵に薔薇を』。名探偵の存在と能力に揺さぶりをかける。『本と鍵の季節』は久しぶりの感がある米澤穂信の青春ミステリ。自らポスト・米澤の地平を切り開くかのような意欲作。いまさら読んだ『生首に聞いてみろ』は読書会の課題本。もつれ合う偶然を探偵は見つめることしか出来ない。けれどそれこそが探偵の存在意義なのかも知れない。交響詩篇エウレカセブンは傑作ボーイミーツガールSFジョヴナイルの小説版。アニメや漫画を巧みに取り込みつつ、独自の魅力へと昇華する。『論理の蜘蛛の巣の中で』は名手・巽昌章によるミステリ時評集。様々な作品の間にはたらく力学を巧みに捉えた1冊、あるいは、強靱な言葉で作品の間に糸を張り巡らせる油断ならない1冊。いずれにせよ名著。

 ここからは海外作品。『チャイナ・メン』アメリカへ渡った中国人移民の歴史を神話的に語り上げる大作。こう云う物語をずっと読みたかった。『千舞の千年都市』の舞台は、騒々しい近未来のイスタンブール。濃密な5日間、6人の主人公を縦横に動かして、華麗な都市の絨毯を編み上げている。『ブラインドサイト』も鮮烈なSF。絶望的なファーストコンタクトを通じて、人間の意識の在り様を問いかけるスペキュレイティヴな長篇だが、何はともあれ語りがクール。『ねじまき少女』でバチガルピが現出させる未来像はごみごみとしていかにも不潔。それでも悪趣味さを感じないのは、そこで日々を営む人間たちの姿を誠実に捉えているからだろう。国名シリーズで初めて素直に高く評価できた『エジプト十字架の謎』。ロジックが物語を駆動した果てに浮かび上がる真相は立体的な構図を持ってこちらにいっそう大きな衝撃を与えてくれる。『ナイン・テイラーズ』も長篇ミステリの大作。ただしこちらは様々な因果を巧みに絡み合わせながら、最後に畏れさえ抱くヴィジョンを叩きつけている。両者ともに、ミステリを読む愉しみを思い出させてくれた作品。『貴婦人として死す』は一見、いかにもな足跡ミステリ。トリックもよく考えられたもの。しかしその本領は、意外な犯人像と事件の構図の結びつきにある。最後に全てを戦争が飲み込むかのような結末も含めて、すっきりとした謎解きでは決して終わらない。遂に読んでしまった、エルキュール・ポアロものの最終作『カーテン』。最後の最後にポアロと云う名探偵を完成させてしまったのだから畏れ入る。犯人の悪意さえ取り込んで操ってしまうかのような、恐るべき名探偵。『フォックス家』『十日間の不思議』『九尾の猫』はセットで、順番通りに。こちらの名探偵は、事件を操りきれずに取り込まれ、敗れ去ってしまうけれど、『九尾の猫』のラストシーンの美しさは、こうでなければ描かれ得なかったはずだ。クイーンは戦後の方が好みらしい。『ギャルトン事件』について、多くは云わない。こんなにも美しい探偵小説があるのか。美しさとは無縁なノワール『ポップ1280』はしかし、後半につれて妙な神々しさを獲得する。なんだこれ。とあるレストランを舞台にアルゼンチンの歴史を語ったブエノスアイレス食堂』ノワールに入るかも知れない。美食と暴力の歴史が行き着く果てとしてこの物語のラストはこれ以上ないものだけれど、そこから先には何もないと云う絶望も感じる。その絶望も含めて傑作。予告から待ち続けた何年経つだろう、ようやく刊行された『愛なんてセックスの書き間違い』。迸る激情と狂気に、悲哀と愛が滲む、一篇として捨てるもののない傑作短篇集。

 

短篇

 まずは国内から。「イヴァン・ゴーリエ」はロシアの歴史の中へ消えていったある芸術家を巡る美術ミステリ。あの絵を見た瞬間、余計にわからなくなると同時に、深い納得を抱かされる。ショートショート「花火」は、まさしく神品。ほとんど完璧な小説だと思う。構図の反転にこだわった短篇集『赤い博物館』の中でも頭ひとつ飛び抜けた逆転をやってのける「復讐日記」。どうすればこんな世界の反転を考えつけるのか。実はあんまり良くなかった青崎有吾への印象を改めさせてくれた「夢の国には観覧車がない」。観覧車の一周と物語の進行を一致させた上で、その舞台装置をキャラクターの心情にもミステリの仕掛けにも活かしてみせる、整った構造に感心した。「見返り谷から呼ぶ声」北山猛邦の更なる進化を感じさせる。物理トリックと切ない心情をどんでん返しでまとめ上げるこれが北山マジック。「有害無罪玩具」は一見、アイディアを並べ立てただけのようなSF。しかし、自分のアイデンティティや存在について思考実験することの怖さと楽しさまできちんと描くことで、優れた物語となっている。「PETRA GENITALIX」を巧く形容する言葉が見つからない。強いて云えばセンスオブワンダーか。宇宙と大地を繋ぐ、大いなる生命の神秘。「密林の殯」は別の意味で何とも云いようがない話。天皇についての話であり、天皇について語ることの話であり、しかし描かれていることと云えば配達業者の青年がデリヘルを呼ぶ話。なんだこれ。「POSシステム上に出現した「J」」は評論。本格コードvsバーコードと云う、冗談みたいな切り口からミステリを論じる刺激的な一篇。

 次は海外。「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」は、人工的な知性の発達についてひたすら丁寧かつ意地悪にシミュレーションしていく近未来SF。良い話へまとめることすらしないが、それゆえに傑作となっている。「天使」のピーター・ワッツは『ブラインドサイト』のときにも述べたがとにかくクール。本作も、兵器ドローンの話にこんなタイトルを付けるセンスがまずクールだし、ドローン視点の叙述もクールだし、最後の「受胎告知」が極めつけでクール。なんとも怖い作家だ。「この歌を、ライアに」は愛の形を巡る中篇。最後にいったん訣別してみせるのがミソだろう。宗教の扱いの点で同短篇集収録「七たび戒めん、人を殺めるなかれと」と併せて読みたい。『君の名は。』にも影響を与えたことで知られる「貸金庫」は、『君の名は。』よりある意味過酷で痛切。語り手が涙する理由に涙する。日蝕はアンソロジー内で不意打ちのように襲ってきたショートショート。底が抜ける感覚。いまさら読んだ乱歩編『世界推理短編傑作集』からは3作。「放心家組合」はオチに「そんなのありかよ」と素で呟いてしまった。梯子を外される感覚。「殺人者」は一言一句無駄がない、磨き抜かれたナイフのような読み味。台詞の応酬でこんな緊迫感を生み出せるとは。「妖魔の森の家」は云わずもがなの古典的名作。謎が全て解かれてもなお残る不気味さ。クイーンは後期の方が好みだと前述したが、後期を読んでいこうとするきっかけになったのが「キャロル事件」。あまりに複雑な「人間」と厳格な「法」を前にして、名探偵は立ち尽くすしかない。私的オールタイムベストに入る傑作。最近何かと熱い華文ミステリからは「見えないX」を。基本はディスカッション中心の密室劇なのだが、論理の応酬がキャラクターたちを印象付ける役割も果たし、最後の逆転を通して物語を外側へと拡げてくれる。最後に挙げるのは「Nine Last Days on Planet Earth」(未訳)。変わってゆく世界の中で受け継がれていく想いと愛を巧みに切り取ってまとめて見せる中篇SF。WEB上で読めるので気になる方はどうぞ(Nine Last Days on Planet Earth | Tor.com)。

 

  以上20冊と20篇でした。