鷲はいまどこを飛ぶか

多くの場合は、小説について。

文体の舵を取れ:練習問題⑦視点(POV)問一

 四〇〇〜七〇〇文字の短い語りになりそうな状況を思い描くこと。なんでも好きなものでいいが、〈複数の人間が何かをしている〉ことが必要だ(複数というのは三人以上であり、四人以上だと便利である)。出来事は必ずしも大事でなくてよい(別にそうしてもかまわない)。ただし、スーパーマーケットでカートがぶつかるだけにしても、机を囲んで家族の役割分担について口げんかが起こるにしても、ささいな街なかのアクシデントにしても、なにかしらが起こる必要がある。
 今回のPOV用練習問題では、会話文をほとんど(あるいはまったく)使わないようにすること。登場人物が話していると、その会話でPOVが裏に隠れてしまい、練習問題のねらいである声の掘り下げができなくなってしまう。

問一:ふたつの声
①単独のPOVでその短い物語を語ること。視点人物は出来事の関係者で――老人、こども、ネコ、なんでもいい。三人称限定視点を用いよう。
②別の関係者ひとりのPOVで、その物語を語り直すこと。用いるのは再び、三人称限定視点だ。

問一:①

 三番、と桐島が云って、片手で開いた文庫本から視線を逸らさないまま砂時計をひっくり返す。谷中が手許のシートに眼を落としたとき、はじめ、と桐島の気怠い声がした。三番。儀式のように各々がそう口にし、卓上で六つの手が動きだす。正面の嘉山は与えられたピース同士を闇雲に組み合わせ、隣の植野はひとつひとつのピースを矯めつ眇めつし、谷中は迷うことなく順番に、ピースをシートへ置いてゆく。パターンなんだよ、と谷中はほくそ笑む。指定された図形は立方体に欠けがあって真四角に近く、けれど与えられたピースはキューブが蛇のように伸びていた。こう云うときはピースの長さを処理しようとして縦横に並べるのではなく、むしろ対角線を作るように噛み合わせるべきだ。パズルは直感を裏切る。だから直感を信じない。データとパターンに基づくこと。谷中はちらと右を見た。そう教えてくれたのはあなたですよ、植野さん。植野は眉間に皺を寄せ、ついにピースから手を離した。嘉山も変わらず進捗がない。いける。谷中は最後の二ピースの組み合わせを急いで検討しはじめた。こうか。こうか? いや? 静かな狭い部室のなかでかちゃかちゃと云う音が忙しない。ねえ植野ってば大丈夫、と桐島が云う。焦る内心で谷中は思う、先輩じゃなくてぼくを見てください、桐島さん! しかしいつまでもピースが合わない、なぜだ。訝しがると同時に気づいた。思わず顔を上げる。テーブル中央のピースの山を見る。その向こうで状況を察したのだろう嘉山が嗤った。ピースの取り間違い。背筋が凍る。砂時計はもうほとんど落ちている。桐島が呆れたように溜息。植野はピースを手に取る。やめろ、と谷中は叫びたくなる。植野の手は迷いなく、コの字の立体を組み上げた。絶望のなか、谷中は植野の宣言を耳にした。「ウボンゴ」。

問一:②

 ウボンゴは苦手だけれど、みんなでウボンゴをするこの時間は大好きだ。嘉山は袖をまくった。三番、はじめ、と桐島が云う。三番、と全員が図形を確認した。そうして二分間の知的遊戯がはじまる。すべてはパターンだと谷中はいつも云うけれど、そのパターンがきっちり当てはまったところを嘉山は見たことがない。むしろ彼女は、あんなの適当で良いの、と云う桐島の教えに従っていた。あれこれ適当にピースを組み合わせて正解への取っ掛かりを探す。ランダムな組み合わせが閃光のようにこたえを示すのを待つ。こうか、あれか、そうだ、こうだ! 嘉山の研究生活にも、引いては大学生活にもその教えは当てはまった。ランダムな衝突が思いがけず綺麗な形を生むのだ。所属も年齢も違うわたしたちがここでウボンゴに興じているように。考え込む谷中くん、泰然自若でゲームに臨む植野先輩、興味ないような素振りで進行を見守る――ほら、いまも先輩に声をかけている――桐島さん。やがて嘉山にもこたえが見えてきた。あとは細部を詰めるだけだ。ほかの状況を見ようと視線を上げたら、谷中が青ざめた顔をしていた。応援する気持ちで嘉山は笑った。植野はピースを手に取って追い込みをはじめた。頭のなかで組み上げてあとはピースをその通りに配置する、人間離れしたその業を、植野はたまたまだといつもとぼける。「ウボンゴ」。結局今回も一位は植野だった。嘉山も追いかける。谷中は茫然としているけれど、手を動かすのをやめはしなかった。あと何回、こんなふうにウボンゴできるだろう、と嘉山は思う。

コメント
  • ウボンゴをみんな知っているわけではない、とは、はい、わかっていましたが、知らないゲームをひたすら描写されるのも楽しいかな、と。
  • 短い分量で四人を書き込むには、最低限できていても、決して充分ではなかった。最近の削り癖が悪いように出たかも知れない。
  • 最近、ウボンゴをやっていない。あの知的な雄叫びを久しく聞いていない。